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闇鍋
「こっちへ来ますか?」
「はい、あ、その前に…」
私は照明を消して真っ暗にした。
「どうしていつも真っ暗にするんですか?」
「だって、恥ずかしいじゃないですか!」
「もう、いい加減慣れてください、小さい照明だけでも点けますよ」
「きゃっ!ちょっと待ってくださいって」
二組の布団があるのに、榊原さんの布団に滑り込む。
「なぜですか?せっかく会えたのに」
「恥ずかしいですよ、至近距離でそれも……裸だなんて、無理!」
浴衣を脱いだ姿なんて、見せられないって引け目を感じてしまう。
「こんなに真っ暗だと、何が何だかわかりません。闇鍋じゃないんだから」
わりと真面目にこんなことを言う人。
「あはは!闇鍋って!ウケます」
「そうですか?面白いですか?」
「はい、榊原さんが言うと特別面白いです。ギャップ?そんな感じで」
少し目が慣れてきて、窓からの月明かりで榊原さんが笑っていることがわかる。
“僕の言うことは変わってますか?”
頭が良過ぎるせいか多少変わった言い回しのときがあって、なかなか話が盛り上がらないことがあります、なんて榊原さんは言う。それが私には面白いのだけど。そして榊原さんが言ったことを私が笑うと、とてもうれしそうにする。
仕事には厳しく、頭が堅そうだから誤解される人なんだろうな。こんなに優しくて面白い人なのに。
「もっとこちらへ。風邪ひいちゃいますよ」
「……はい」
せっかくの時間がもったいなくて、夜中に何度も目を覚ましてしまう。その度に、そっと布団をかけ直して、髪を撫でられて…。朝までずっと腕枕をしていてくれた人。
「眠れませんか?」
「いいえ、もったいなくて眠りたくないのに、眠ってしまいます……。腕枕、つらくないですか?」
「平気ですよ」
こんな風に、ひと時も離れず寄り添って眠ってくれる人は、初めてだ。
“好き”も“愛してる”も口にしない。
でも、心から満たされる時間。誰にも秘密の二人だけの時間。
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