2004年8月25日

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2004年8月25日

 「塾のほうはどうや?俊一。」夕食を終え、食器を運ぼうとしていた俊一に向かって言う友則。他人事のような話し方だ。「どうって、まあ普通にやってるけど。」気にもしてないくせに。「なかなかついていけへんねやろう?え?」缶ビールをコップに注いだ友則。俊一は黙っていた。  「難しい塾だってのは本当なんか?説明会の時におったやつの話し方が嫌やってな俺。息子が頑張る言うてんのに信じひん。お前のこと根から疑ってるみたいなそんな感じや。」呆れたように宙を見つめる友則。俊一は部屋を出ようとした。こいつと一緒にいる時間が耐えられへん。    「紗子も寂しいやろ~な。早うに俺と別れることなって。はぁ~」煙草に火を付けた友則。最初の一服を始めた。「寂しいさ俺も。だから萌りんと楽しくやってんの。あ~んなことやこ~んなことをな。ハハッ。そうや。こないだの夕飯、萌りんが作ってくれたんやぞ。俺やお前のこと思ってや。家庭的で優しいんやからあの娘。何にだって深い愛情を注ごうとしてくれる。お前のことも息子や思て受け入れる準備できてるってさ。26やぞ。ぴっちぴちの26や。このままいけばいずれ」「やめろよ。」怒りを爆発させた俊一。    「そんな女と付き合って何の意味あるんや?どこの誰かも分からんやつやろ。悪い人間の可能性だってあるやないか。俺は反対やぞ。関りを断ってほしい。」他人に対し、こんなにも腹を立てたのは久しぶりだった。「お前、何て言った今?悪い人間?萌りんが?ふざけんな!本気で愛してくれるって約束したんやぞ。」椅子を蹴飛ばした友則。自分より身長の高い俊一の前に立ちふさがった。    「体でもって見せてくれたんや。どんなことあっても家族を守るってな。いいか。あの娘には家族がおらへんねや。これまでずーと一人で生きてきてな。25年もやぞ。寂しかったやろーし辛くもあったはずや。いろんな苦労を乗り越えてきてるんやで、俺にもお前にも分からんくらい。」灰皿の上で煙を上げ続ける煙草。何が言いたいんだか。呆れてものも言えない様子の俊一。    「細身で背の高いきれいな子や。難波の街中歩いとった時初めて顔を合わせたんや。人やらものやら行き交う雑踏のど真ん中でそれは奇跡的なものやった。俺はしばらくその子から目を離せんでいた。」部屋の壁に視線を向ける友則。    「向こうも同じやった。歳の50にもなろうかいう男の顔を覗くように見つめてきた。ありゃ何とも不思議な瞬間やった。立ち止まるのをやめた俺たちは無意識のうちに歩を進めていた。4メートル、3メートル。周りの喧騒などどうでもよかった。邪魔が入らん限りはな。一段と狭まる彼女との距離感に緊張を隠し切れんかったわ。ハハッ何なんやろ?あの気持ちは。」  笑いながらの友則。聞くだけ無駄。そう思っていた俊一は椅子に座り携帯ゲームで遊ぼうとした。「一メートルを切ろうか切らんかそんなとこになってやったかな。腕を回してきたんや彼女。長くしなやかな腕を包み込むように俺の背中へと伸ばしてきた。始めは困ったわ。俺みたいな年頃の男にわざわざ来るかいなって。せやけど可愛なってきてな。見てるうちにだんだんと。」  「俺は思い切って頭を撫でてやった。そっとな。ほんだら泣き出したんや。声を上げてな。何がどうなっとるんかさっぱりやったわ。通りすがりの連中に見られるわ囁かれるわで困った。仕方あらんさかいに俺は一声かけてやった。そしたら話聞いてくれるかって小声で言われて。考えた末ああと答えてやったのさ。そしたら落ち着いてくれた。」  話し方のせいだろうか。いつもの親父らしくないどこか神妙な感じの声だった。携帯ゲームから顔を離した俊一。どういうことなんだろう?「それからしてすぐ、俺たちは千日前にある茶店へ足を運んだ。テラスのテーブルへと座り、ドリンク飲みながら話をし合ったんや。」
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