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金魚掬い
夏祭りの夜ーーー普段よりも、盛り上がっている商店街に並ぶ様々な屋台。
チョコバナナに、リンゴ飴、わたあめ、ケバブなど。食べ物の屋台が並び、美味しい香りが、商店街中に漂う。それに加えて、輪投げ、射的に、水風船。遊びの屋台も多く、商店街が、いつになく笑い声に溢れていた。
「京華ちゃんったら下手くそだねえ」
隣にいる笹川は、オレの手にある破れたポイを見て、ニヤニヤと悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。金魚掬いの屋台にてーーーオレは、ずっと金魚と睨めっこしていた。
「もう六回目だよ。それなのに、一匹も捕まえられないなんて、京華ちゃんってば、どんだけ下手くそなんだよ」
「下手じゃねーよ。次こそは、ぜってー捕まえるから見とけよ!」
「そう言ってまた、お金と時間を無駄にするんでしょ?」
そう笑う笹川に、殴りを入れたくなった。というか、入れてしまった。いってーよ、と嘆く笹川。ヤツのイケメンフェスは、台無し。ざまぁねえな。
おっちゃん!と、オレは、屋台のおっちゃんに、また金を払ってポイをもらった。おっちゃんは、お金大丈夫?と少し遠慮気味に微笑んだ。大丈夫だ、金はある。ぜってーに捕まえて、もう笹川に下手とか、言わせねぇからな!!
そうやって意気込んでるオレの隣から
「おじさん、オレもやります」
と、馴染みのある声が響いた。隣にいるのは、笹川しかいない。笹川は、笑顔でおっちゃんから、ポイをもらう。
見てるの飽きちゃったしオレもやるよ。と、笑う笹川。
「おめーは、もう最初の一回だけで、金魚五匹も捕まえてんだろ」
「あはは、いくらいても金魚は可愛いからね」
笹川はそう言って、躊躇なくポイを水につけた。オレもその様子を見て、ポイを水の中に入れる。
金魚掬いは時間の勝負。
なるべく早く、紙がふやけないうちに、金魚を掬わなければならない。すばしっこく、水槽の中を泳ぐ金魚。くそぅ、捕まえられそうもない。
「…………」
笹川との間に、沈黙が流れる。どうやら、ヤツも真剣らしい。
「………………」
ちらりと、隣を見れば、笹川の桶の中には、もう金魚が三匹ほど、陽気にすいすいと泳いでいた。愛おしそうに、桶の中の金魚を見つめる笹川。その姿に、不意に、心が高鳴った。このやろー、普通に可愛いじゃねーか。
「…………………………あ」
金魚を掬おうとして、水圧と金魚の重さに耐えかねてポイが破ける。ぽっかり空いた膜の部分。無論、桶の中に金魚は一匹もいない。
「あら、京華ちゃんのポイ、もう破けちゃったの?」
「うっせーよ」
笹川の桶の中には、さっき見たよりも、更に金魚がいた。余裕綽々の様子で、破けてないポイを手に持つ笹川。やけに腹が立つ。
「おめーのも破けちまえ」
「ははは、ひっどいなぁ」
そう微笑みながら、彼は持っているポイを斜めにして、水中へ沈める。なるほど、そうすることで、水圧を避けてるんだな。どうやら、笹川が上手いのには、理由があるようだった。
自分の手にある破れたポイを覗く。
ポイの向こう側にいたのは、当たり前だが、やはり笹川だった。
嬉々とした目が、金魚を追って左右に動く。少し上がった口角。しゃがんだ姿を改めて見ると、笹川は、こじんまりしてて可愛い。だけど、体は男っぽいんだから、おんなじ男としてひどく嫉妬する。あーあ。なんでおんなじ男なのにこんなにモテるのに差があるんだろうか。しかも、幼馴染なのに。
「あ、京華ちゃんが破けろとか、言ったから破けちゃったよ〜」
そうやって笑う笹川。確かに、手にあるポイは破れていた。そして、桶には、六匹の金魚が泳いでる。くそ、普通に多いじゃねーか。
「オメーなんかズルしてんだろ」
「もー、京華ちゃん酷いな。見てたでしょ?オレが、ちゃんと金魚掬ってたの」
そうやって言って、彼は優しく微笑んだ。
「ほら、金魚、あげるよ」
そうやって金魚を差し出してくる笹川。思わず、その眩しさに、目を細める。夏の夜ーーー笹川だけが、優しく仄かに、キラキラ輝いている。まるで、花火のように、儚く美しく。
「あんがと」
独り言のようにそう呟いて、笹川から金魚を貰う。素直に嬉しい…、ちくしょう。
「お。京華ちゃん、お礼言えて偉いね〜」
「………チッ」
そうやって笑う笹川に、舌打ちをして、蹴りを一発かます。今度は痛がらなかった。ただ笑うだけ。
「金魚、大事にしてね」
「言われなくともするわ、阿呆」
先ほどより騒がしさを増している商店街。手に持ってるのは、破れたポイ。
ふと、もう一度、ポイを覗く。そして、柄にもなく、顔を、ほんの少し綻ばせる。やっぱり、いる。当たり前だけど、それがどうしようもなく、安心できて、幸せなのだ。認めたくないけど、嬉しいのだ。
破れたポイを覗けば、向こうにいるのは、オレだけを瞳に映す笹川。
破れたポイの向こうにいるのはーーーいつだって君。
ーーーーオレを瞳に映す君。
Fin
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