雪女目撃談をバズらせたら普通に逆鱗に触れた件

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 先日雪山で遭難しかけた時、目を見張るような美女に命を助けてもらった。彼女は自分を雪女だと名乗り、「決して見たことを他言しないよう」俺に言った。  でもテンションの上がっていた俺は、帰るなりSNSに書き込んだ。するとそれがバズりにバズり、まとめサイトやらニュースやらに取り上げられた結果、俺の登った山は雪女の出る山として一際有名になってしまった。  それが雪女の逆鱗に触れたらしい。まあアマビエ的なノリで饅頭に顔印刷されて勝手に売られたら、誰でも怒ると思う。 「言ったはずです。私を見たことは決して他言しないようにと……!」  窓辺に立った雪女は白く長い髪を振り乱し、恐ろしい顔で言った。 「こうなればあの山で助けたあなたの命、ここで貰い受けねばなりません!」 「え、何それ聞いてない」 「流れでなんとなくわかるでしょう!」 「クソッ、流石の俺も死ぬと分かっていたらインターネットメディアで独占インタビューなんか受けなかったのに……!」 「ノリノリじゃないですか!」  とにかく俺は後出しジャンケン的な感じで雪女に殺されるらしい。でも凍死って割と穏やかな死だって聞いたことあるしな。ギリ許容範囲かなぁと目をつぶっていたのだが……。  いつまで経っても体が寒くならない。おやと思って目を開けると、窓の下で雪女が突っ伏していた。 「……あっつぅ……」  現在時刻は22時、クーラーの壊れたうちのボロアパートの気温は30度。  ヒマラヤ山脈から遠路はるばる日本までやってきた雪女は、熱中症になりかけていた。 『暑過ぎ 夜 雪女 対処法』 『冷蔵庫 雪女 入れる』 『冷蔵庫 開けっぱなし 電気代』 『氷 雪女 直接 大丈夫』 『水風呂 雪女 逆に溶ける』  以上が、ここ一時間における俺の検索履歴である。健闘を讃えてほしい。最終的に風呂に水を張り、そこにコンビニで大量に買い込んだ氷と熱中症の雪女を入れることで事無きを得た。  財布事情? もちろん事無くなかったよ。 「助かりました……」  ぷかぷかと氷と共に浮かびながら、雪女は言う。 「日本の家は、夏でもクーラーとやらでキンキンに冷えていると聞いたのに……」 「誰から聞いたんですか?」 「最近読んだ本に書いてありました」 「ヒマラヤ山脈にも日本の書籍が届くんですね」 「Amaz○nで取り寄せました」 「届くんだ……」 「あと日本ではある日突然血の繋がらない異性の兄妹が一緒に住むことになったり、プリンというお菓子を巡って対立すると聞いています」 「うっすら好きな本の傾向が透けて見える」 「委員長は黒髪ロングの美人か眼鏡のおさげ」 「偏ってるなぁ」 「必ず主人公のことを好きになる」 「すごく偏ってる」  だからヒマラヤ山脈に住みながら異様に日本語が上手いのである。納得したところで、今後の方向性について擦り合わせを行おうとしたが……。 「え? 命は貰っていきますよ?」  雪女は強情だった。 「そりゃそうですよ! だって誰にも言わないようにってお願いしたのに!」 「そこは申し訳ないと思ってますが」 「日本人は、たとえ敵に上半身の服が弾け飛ぶほどの攻撃を受けても約束を守るんじゃなかったんですか!」 「少年マンガ方面も嗜んでるんですね」 「裏切られました! こうなれば日本の流儀に則ってしっかりお命頂戴します!」 「そのあたりの日本リスペクトはいらなかった」  まあ大抵の昔話において、真実をバラすとロクな結果にならないものである。俺だって八ヶ岳の雪女に脅されてたら黙ってたと思うし。まさかヒマラヤ山脈から飛んで来られるとはな。 「でも俺がバラしたせいで何か問題が起こりましたか? 地元が有名になって観光客も増えたなら、万々歳じゃないですか」 「ぐぬぬ……バズった人が責め立てられた時によく使う言い訳ですね!」 「SNSもしてんの?」 「本当に迷惑してるんですよ! 五秒で音を上げて帰りそうな移住者がわんさか来たり、官公庁が妙に浮き足立って『雪女観光課』を作り始めたり!」 「ヒマラヤ山脈でもそんなノリなんですね」 「それと雪女が出るって噂になってから、『よもやこの配達先も……』って運送業者が二の足を踏むようになったり!」 「それはシンプルに事実じゃないですか」 「ヒマラヤ山脈まで届けに来てくれる人がどれほど貴重か、コンクリートジャングルに住む日本人にはお分かりでない!」 「本当に申し訳ない」  心から謝りたい気持ちになってきたが、さりとて「これで勘弁を」と命まで差し出すことはできない。落とし所が難しいなぁ。  ……うーん。 「その……でしたら、しばらく日本に住んでみませんか?」 「えっ、いいんですか!?」 「はい、うちで良ければ気の済むまでどうぞ。俺の行動のせいでほんと迷惑かけたみたいですし」 「え、え!? じゃあ私もうわざわざ莫大な手数料と税金払ってラノベ買わなくていいの!? 発売日に本屋で買えるの!?」 「まあ自分のお金で買うなら全然」 「コラボカフェにも行けるの!?」 「あれ地方に住んでたら五割増しで良く見えますよね」  美女がバチャバチャと氷風呂で喜び跳ねている。――よし、とりあえずこれで命の危機は免れたようだ。だが予断は許されない。こうなりゃとことん日本文化の良さを味わってもらい、逆に恩人にまで格上げしてもらわねば。 「……まずはクーラーの修理からだな」 「あ、ここクーラーついてるんですか。私てっきり、才能ある漫画家達が集まって互いに切磋琢磨するアパートなのかと」 「トキワ荘まで網羅してるんですか」  侮りがたし、ヒマラヤの雪女。しかし既に俺のことは眼中に無く、早速明日から見て回りたい場所についてウキウキと口にしている。 「鷲宮神社は絶対譲れません! 阿部神社も石舞台古墳も参拝しなきゃだし、網走監獄や五稜郭も見てみたいな……!」  ラインナップも場所も多岐に渡っている。これは骨が折れそうだ。  ……金あるのかな。そもそも雪女の収入源って何なんだろう。 「よーし、明日から忙しくなりますよぉ! 道案内はお願いしますね!」 「あ、やっぱ俺もついていかなきゃですか」 「当然です! 突然現れたフシギな女の子に日本文化を見せて回るのは日本男児の様式美ですよ!」 「やはりそれも理解していたか……」  氷を跳ね散らしながら、雪女ははしゃいでいる。こうして見ると可愛い一人の女の子だが、俺の命を取りに来たことを決して忘れてはならない。明日は気を引き締めねば。  ――翌日、猛暑日となった東京の炎天下にて半分溶けかけることになるとは、まだ知る由もない雪女と俺なのであった。
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