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―――晴れた日には自殺がよく似合う。
そんな言葉がふと、浮かんだ。
どこかで聞いたことがあるような。でも、どこでも聞いたこともないような。今、私が勝手に作った言葉のような気も、する。
秋晴れの空は青く澄み渡っていて、湿り気のない乾いた風が心地いい。よいしょと声を出して掛け布団をベランダに干す。枕も一緒に、干す。ベッドシーツも。次はパジャマ。パジャマというよりは部屋着の、ロンTとサルエルパンツ。私には大きすぎるロンTを、ハンガーにかける。パンツは直接物干竿にかけて。しっかりを皺を伸ばして、形を整えて、ぱんぱんと、叩く。
あと、洗濯籠のなかに残っているのは、ワイシャツが2枚。会社用の靴下が3セット。バスタオル、下着、休日用のTシャツ。すべてを丁寧に干していく。
秋風が通る。ふわりと愛用の柔軟剤の匂いがした。シーツがはためいて大きくめくれ上がる。
私はベランダの柵に近付いた。転落しないように、安全のために、きっと取り付けられたであろう、それ。干したシーツの上から欄干に手をかけて身を乗り出してみる。足が、浮く。片方のサンダルが、足からぽてりと、滑り落ちた。
地上3階。地面は思っていたよりも近く感じる。犬のリードを持ったおばあさんが、立ち止まって私を見上げていた。
どこからか救急車のサイレンの音が聞こえてきて、その音が奇妙に歪みながら、またどこかに消えていく。
私は、おばあさんに小さく頭を下げた。
おばあさんが歩きだす。私は内に入り込んだシーツを直すふりをしてから、地に足を付けた。洗濯籠を持って、部屋に戻る。カーテンを閉めようとして……やめた。
それは、それは、きれいな、青空だったから。
「晴れの日は自殺が似合う……ってね」
なんとはなしに声に出してみた。
でも、死んだりなんて、できるわけもない。
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