サムライ・ウェスタン・ジャンゴ ‐夕陽の必殺剣‐

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       四  陽は、だいぶ西に傾いていた。  そこかしこに、ラモンの手下たちが倒れている。  少し離れたところに、銃を構えたラモンが立っていた。銃口の正面で、ジョーが膝をついている。 「そこまでだ」  陣吾の声に、二人ともこちらに顔をむけた。 「生きていたか、ジャンゴ」 「馬鹿な。どうやって、縄を解いた」  ジョーとラモンが同時に言った。ラモンを無視して、陣吾はジョーに答えた。 「娘も無事だ。おまえの方こそ大丈夫か、ジョー」 「なに、かすり傷さ。雑魚は片付けたんだが、こいつだけ仕留め損なった」  ジョーの右腕からは、血が流れていた。老保安官のものと思しき銃帯を、(たすき)のようにかけている。二挺の銃を遣い、ひとりで八人の手下を倒した。やはり、ジョーは手練れだ。一対一なら、ラモンにも勝っていただろう。 「ラモン。貴様の相手は、この俺だ」 「俺と一対一でやり合おうってのか。上等よ」 「その勝負、俺が見届けるぜ」 「忘れるなよ、ジョー。やつを始末したあとは、てめえの番だ」 「おまえに、あの男が倒せればな」 「死に損ないは、黙って見ていやがれ」  陣吾はラモンとむかい合った。距離はおよそ九間(約十六・四メートル)。  ラモンの顔は、汗と夕陽で光っていた。右手を少しずつ銃にのばしながら、ラモンは機を(うかが)っている。  陣吾の顎からも、汗が滴り続けている。左手で兼定の鯉口を切り、陣吾は剣気を高めた。  ラモンが抜くと同時に、陣吾は駈け出した。煽り撃ちの二連射。瞬時に弾道を見切り、低い姿勢をとる。耳もとで、風が鳴った。さらに三連射。跳躍してかわし、空中で抜刀した。六発目を撃とうとしたラモンが、眼を細めた。刀身が、夕陽を照り返したのだ。陣吾は上段から満身の気とともに兼定を振り降ろし、ラモンを頭蓋から真っ二つに両断した。 「もう、監獄に入る必要はなくなったな」  兼定の血脂を拭い鞘に納め、陣吾は言った。 「やったな、ジャンゴ。これでゴードンの旦那も、浮かばれるってもんだ」 「おまえが来てくれたおかげだ、ジョー」 「なあジャンゴ。おまえ、金持ちになれるぞ。ラモンの賞金が入るからな」 「いらんよ。親父に、新しい店でも建ててやってくれ」 「でかい店がおっ建つことになるぞ」  葉巻に火をつけたジョーが、視線を動かした。見ると、教会から、マリアが走り出てきたところだった。ポンチョの脇から、白い太ももがちらちらと覗いている。眼のやり場に困って、陣吾はジョーを見た。ジョーは、葉巻を燻らせながら、口の端で笑っている。 「よかった、二人とも無事で」  弾けるような笑顔で、マリアが言った。 「喜べ、マリア。ジョーが、ラモンの賞金で店を建て直してくれるそうだ」 「いいの、ジョー?」 「ああ。ラモンを仕留めたのは、ジャンゴだけどな」 「本当にありがとう、二人とも。あっ、怪我してるじゃない、ジョー」  マリアは腰に残ったスカートの切れ端を破き、ジョーの腕に巻いてやった。弾は貫通しているが、骨がやられているようだ。 「ジョー。その傷では、治ってもこれまでのように銃を遣うことはできないな」  陣吾の言葉に、ジョーはうつむいた。ジョー自身が、それを一番わかっているのかもしれない。 「あの町に残れよ、ジョー。ゴードン殿に代わって、おまえが保安官になるんだ。おまえなら、誰もが認めてくれるはずだ」 「俺が保安官? 柄じゃねえや」 「わたしからもお願い、ジョー。これからも、町や店を守ってよ。それと、わたしのことも」 「まったく、どいつもこいつも、勝手なことばかり言いやがって。まあ、考えておくよ」  照れくさそうに、ジョーが言った。  二人のやり取りを聞きながら、陣吾は、柵に繋がれている馬の方へ行き、縄を解いた。 「おい、どこに行くんだ、ジャンゴ?」 「次の町へ行くさ。俺の旅は、まだ終わらない」 「復讐の旅、か」  無言で頷き、陣吾は馬に跨った。 「ねえ、ジャンゴ。いつかまた、うちにおいでよ。いくらでも飲んでいいからさ」  馬上の陣吾を見あげて、マリアが言った。 「ああ。いつかまた、寄らせて貰うよ。それじゃ、俺は行く」  言って、陣吾は、馬をゆっくりと進ませた。 「アディオス・アミーゴ」  後ろから、ジョーが言った。はじめて聞く言葉に、思わず陣吾はふりむいた。 「いま、なんて言った、ジョー?」 「アディオス・アミーゴ。このあたりはメキシコ人も多い。彼らの言葉で、さらば友よ、って意味だ」 「さらば友よ、か。いい言葉だな」 「アディオス、ジャンゴ」 「アディオス、ジョー」  言って、陣吾はすぐ前にむき直った。夕陽が眩しかった。男女が寄り添う姿も。  馬を駈けさせた。心地よい風が、頬を撫でていく。  そういえば、みんな最後まで、自分の名前を間違えたままだった。  まあいいか。呟いて、陣吾は笑った。  眼の前には、無限とも思える荒野が拡がっている。  陽が沈むまで、陣吾はふり返ることなく駈け続けた。        了
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