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二
異装の男を連れて、レストランへむかった。席に座ると、ジョーは、ステーキとビールを二人分註文した。
ビールは、すぐに運ばれてきた。
「申し遅れた。俺の名は、坂井陣吾という」
「ジャンゴ。やはりメキシコ人か。それとも、混血か?」
「ジャンゴではない、ジンゴだ。日本という国から来た」
「なんか言いにくい名前だな。まあいい。ジャパンのことは、聞いたことがあるぜ。おまえは、サムライってやつか?」
「以前はな。四年前まで、日本は二つに分かれ内戦をしていた。俺は、負けた方の軍にいた」
「内戦か。アメリカでも、十年前まで南北に分かれてやってたよ。それより、こいつだ」
言って、ジョーは半分に斬られた銃弾をテーブルの上に転がした。
「おまえが斬った弾だ。あんな芸当、はじめて見たぜ。サムライはみんな、あんな真似ができるのか?」
「まさか」
言って、陣吾はビールをうまそうに飲み干した。ジョーも飲み干し、ビールをもう二杯註文した。
「そういや、人を捜していたな。右手に、スペードのエースの刺青をした男だったか」
「よく見ているな。店に入ってきた時からか?」
「ああ。なにせ、めずらしくてな」
「妻子の、かたきさ」
陣吾が、テーブルに眼を落として言った。
「かたき、か。その刺青の男を追って、アメリカまで来たってわけか」
「ああ。箱館という地で降服した俺は、捕虜となったが赦免され、邏卒としてそのまま箱館で勤務することになった。故郷から、妻を呼ぶこともできたよ」
「ずいぶん優遇されていたんだな。やはり、その剣技のおかげか?」
「いや。国を挙げての開拓事業がはじまり、人手が足りなかったからだ。箱館の治安維持が、俺の仕事だった。発展とともに、多くの軋轢が起きるようになってな。外国人が相手でも、俺は容赦しなかった。しかし、それがいけなかった」
ウェイトレスが、ビールを運んできた。
ジョーは、二杯目のビールをひと口だけ飲んだ。陣吾も少し口をつけると、話を続けた。
「ある夜、ひとりの白人の男が家に押し入ってきたんだ。床の刀に手をのばした瞬間には、撃たれていた。あお向けに倒れたところを、もう一発撃たれた。急所ははずれていたが、起きあがることができなかった。そして男は、俺の妻を床に押し倒した。妻の叫び声を聞きながら、俺の意識は途切れた。気がつくと、医者に手当てをされていた。妻は無残な姿で殺されていた、と隣家の者が教えてくれた」
「その男の右手に、スペードのエースの刺青があったんだな?」
「ああ。意識を失う直前に見た。その時はなんの模様かと思ったが、外国人が出入りする酒場で遊戯用の札を見つけ、その図柄だとわかった」
「しかし、その刺青だけで、アメリカだと思ったのか?」
「傷も癒えぬまま、俺はその男を捜し回った。結局見つからなかったが、あの晩の三日後に、サンフランシスコにむけ出港した船があることを知り、確信したんだ。翌月の船に乗り、俺はサンフランシスコに着いた。それから、半年が経つ」
「妻子、と言ったが」
「身籠っていたんだ。その日の朝、聞いたばかりだった」
陣吾は勢いよくビールを飲み干し、口についた泡を袖で拭った。
ジョーは葉巻に火をつけた。紫煙が、ゆっくりと天井にのぼっていく。
陣吾はうつむいている。ジョーは、しばらく紫煙を見つめていた。
「すまんが、もうひとつだけ、教えてくれ。いったいどうやって、あれほどの技を身につけた?」
「拳銃使いと、闘ってきた。闘いの中で、銃弾を見切れるようになり、刀で銃に勝つ術を身につけた」
「カタナ。その剣のことか」
葉巻の灰を落とそうとして、ジョーの手が止まった。陣吾が、殺気を放っているのだ。殺気をもろに浴び、ジョーの肌は粟立ち、身動きが取れなくなった。
「ここに来るまでに、二十人は斬ったと思う。しかし、おまえほどの遣い手に会うのははじめてだよ、ジョー。とぼけているようでも、気でわかる」
葉巻の灰が、いまにも落ちそうだった。しかし、ぴくりとでも動けば、瞬く間に斬られそうな気がする。ジョーの鼓動は早まり、全身に冷たい汗をかいていた。
「安心してくれ。おまえとやり合うつもりはない。奢ってくれるしな」
ふっと、陣吾が表情を緩めた。殺気は消え、ジョーが息をつくと、葉巻から、ぽとりと灰が落ちた。
「脅かさないでくれよ、ジャンゴ」
動揺を隠すかのように、ジョーは軽い口調で言ってみせた。この男には、勝てない。本能で、それがわかった。
「なあ、ジョー。俺からも質問がある。なぜ俺に、奢ろうと思った?」
のどが渇いていた。ビールを流しこんでから、ジョーは答えた。
「あの技を見て、どんなやつか気になったからさ。話してみて、いいやつだとわかった。さっきはちょっと、おっかなかったけどな」
笑いながら言うと、ジョーは葉巻を燻らせた。動悸は、だいぶ収まっている。
「いいやつなのは、おまえの方さ、ジョー。この麦酒は、うまい」
ウェイトレスが来て、テーブルにステーキの皿が二枚置かれた。
「お、ようやく来た。食おうぜ、ジャンゴ。ビール、追加するか?」
ふっと笑い頷くと、陣吾は馴れない手つきでフォークとナイフを使い、肉を口に運びはじめた。
肉を切りながら、ジョーは思った。この男と組めば、間違いなくラモンを倒せる。声をかけたのは、直感が働いたからかもしれない。だが、手を貸してくれとは言えなかった。この流浪の男には、果たすべき目的がある。復讐という、悲しい目的が。
俺は、いいやつなんかじゃない。心の中で呟き、ジョーは肉をビールで流しこんだ。
腹が膨れたところで、店を出た。まだ、陽は高かった。
通りのむこうが騒々しい。
「火事だ」
陣吾が言うと同時にジョーは黒煙を認め、直後に銃声がした。
「ケニーの店の方だ。急ぐぞ、ジャンゴ」
頷き合って、駈け出した。
燃えていたのは、やはりケニーの店だった。
十数人の男が、馬に乗っている。手前に、保安官のゴードンが倒れていた。腹から、血が流れ出ている。
「どうした、ジジイ。俺を、監獄にぶち込むんじゃなかったのか?」
「くっ、わしも老いたもんじゃ」
馬に乗った男たちは、ラモンとその手下たちだった。総勢で十二名。ゴードンを撃ったのは、ラモンだろう。両眼は凶暴な光を放ち、浅黒い顔の下半分が漆黒の髭に覆われている。手にしているのはジョーと同じコルトSAAだが、騎兵隊仕様で銃身長七・五インチのモデルだ。さすがは一万ドルの賞金首と言うべきか、どっしりとした風格がある。手下の中にも、賞金がかかっている者が何人かいた。全員合わせて、一万八千ドルほどか。五年は遊んで暮らせる額だ。
遠くの建物のかげから、恐る恐る覗く者が数名いた。近隣の建物の窓や扉は閉められていて、近くに見物人はいない。みんな、関わり合いを恐れているのだ。
「しっかりしろ、旦那」
ジョーは、ゴードンのそばに駈け寄った。
「ジョーか。ラモンが手下を連れてきての、ケニーの店に、火をつけおったのじゃ」
「喋るな。傷に障る」
「なんだ、若造。ジジイの知り合い、いや助手か。答えによっちゃ、死んで貰うぜ」
馬上から銃口をこちらにむけ、ラモンが言った。
「俺はジョー。牛追いを馘になって、この町に来た。ゴードンの旦那とは、顔馴染みだ」
「ただのカウボーイには見えねえが、まあいい。俺に刃向かいさえしなければな」
にやりと笑って、ラモンはSAAをホルスターに納めた。
ラモンひとりが相手なら、勝てる。しかし、生きてこの場を切り抜けることは、できそうもない。多勢に無勢というやつだ。
「親分。あいつですぜ、まじないで俺の弾をかわした野郎は」
ラモンの後ろにいたデカブツが、陣吾を指さして言った。
「てめえの腕が悪いだけじゃねえのか、マッシュ」
「そりゃねえよ、親分」
「まあ、いいさ。おい、そこの。名は?」
「陣吾」
「ジャンゴか。いい名だ」
言うが早いか、ラモンがSAAを抜き撃った。銃身が長く早撃ちには不向きのモデルだが、ラモンの抜き撃ちは、それを感じさせないほど速かった。しかし、ラモンの弾は、陣吾に当たらなかった。斬ったのだ。今度は刀を納めず、右手に下げたままだった。
ラモンの手下たちはみな、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
「見ましたか、親分。まじないだ」
「まじないなんかじゃねえ。てめえ、銃弾を斬りやがったな」
ラモンの眼にも、陣吾の動きは見えていたようだ。表情に、かすかな動揺が見える。当然だ。ジョーが見るのは二回目だが、いまだに信じられないものがある。しかも、二回とも不意打ちを防いでみせたのだ。おそらく、肩や手のかすかな動きで、弾道まで予測しているのだろう。
「なぜ、店に火をつけ、保安官を撃った」
刀を鞘に納めながら、陣吾が訊いた。口調こそ静かだが、陣吾の全身からは闘気がたちのぼっている。
「子分からてめえとジジイの話を聞いたが、ずいぶん虚仮にしてくれたそうだな。店に火をつけたのは、まあついでみたいなもんだ」
大口を開けて、ラモンが笑った。
ケニーは、炎に包まれている店の前で呆然としていた。ぎりぎりまで火を消し止めようとしたのだろう、髪は乱れ、服は煤で黒く汚れている。
「わしの店が」
絞り出すような声で、ケニーが言った。
「間が悪かったな。いっそのこと、すべて楽にしてやってもいいんだぜ」
ラモンが、銃をケニーにむけた。
「やめて。お父さんを、撃たないで」
どこからかマリアが飛び出し、ケニーの前で両手を広げた。
やるか。一瞬ジョーは考えたが、すぐにその考えを打ち消した。いま回転式弾倉には、五発の弾が納まっている。暴発を防ぐため、あえて一発少なくしているのだ。五人を瞬時に仕留める自信はあるが、相手は十二人いる。そして、すでに全員がいつでも銃を撃てる態勢にあった。拳銃だけでなく、ライフルやショットガンを持ったやつもいる。自分が五人を仕留めたとして、残り七人を陣吾がやれるだろうか。陣吾は確かに人間離れした技を使うが、数人から一斉に放たれる銃弾をかわしきれるとは思えない。それに、ケニーやマリアが巻き添えになる。ジョーは、その場で歯噛みした。
「いいだろう。娘に免じて、親父の命は助けてやる。ただし、娘は連れていくぜ」
「やめろっ。マリアには、手を出すな」
ケニーを無視して、ラモンは続けた。
「ジャンゴ、てめえにも来て貰うぜ。言うことを聞かないとどうなるかは、わかるだろう?」
ジョーは陣吾の方を見た。眼が合う。頷いて、陣吾は二本の刀を地面に投げ捨てた。
「ようし、その野郎と娘をふん縛れ」
ラモンの手下たちが、二人を縄で縛りあげた。
「へっ。ざまあねえな」
マッシュと呼ばれたデカブツが、陣吾を蹴飛ばした。陣吾は顔から地面に倒れ、横面が砂にまみれた。
「馬鹿な考えは起こすなよ、ジョー。どうだ、仕事がないなら俺たちの仲間にならねえか。銀行でも襲って、何十万ドルって金を、山分けしようじゃねえか」
「悪くないな」
「間違っても、俺とやり合おうなんて思うなよ」
ラモンはもしかして、自分の正体に感づいているのかもしれない。何度も監獄を破り、のさばり続けている大悪党だ。人よりすぐれた嗅覚を持っているに違いない。
「親分、仕度できました」
手下のひとりが言った。
陣吾とマリアは、縛られた状態で馬に乗せられていた。二本の刀も、馬に積まれている。
「おうし、野郎ども。ずらかるぜ。帰ったら、パーティーだ」
空にむかって銃を撃ちながら、ラモンと手下たちは東へ駈け去って行った。
ジョーは、ゴードンの容態が気になり眼をやった。
「教会じゃ」
ゴードンが、上体を起こして言った。腹にやった手の隙間からは、血が流れ続けている。
「馬で一時間ほど東に進むと、使われなくなった古い教会がある。連中のねぐらはいくつもあるが、いまむかったのは、きっとその教会じゃ」
「無理するな、旦那」
「ジョー。おぬし、賞金稼ぎじゃな。最初から、わかっていた」
「まったく、旦那にゃかなわないな。その通りだよ」
「どこかに根を張って生きろ、ジョー。賞金稼ぎは、長生きできんぞ。たとえ腰を落ち着けたとしても、銃で名を成した者は、最後に自分が撃たれる。この、わしのようにな」
「旦那」
ふっと笑って、ゴードンはこと切れた。
ケニーの方を見た。ケニーは、すっかり焼け落ちた店の前で膝をつき、放心している。
ジョーははじめて、金以外のもののために闘おうと思った。
「親父。あの男を、ジャンゴを、恨むなよ。俺がなんとかする」
声にならないような声で、ケニーは返事をした。
「ちょいと借りるぜ、旦那」
ジョーは、ゴードンのガンベルトをはずし、肩にかけた。ホルスターに納まっているのは、薬莢式に改造されたレミントンNMA(ニュー・モデル・アーミー)だ。使いこまれ、手入れも行き届いた、いい銃だ。
「親父。旦那を頼む」
帽子を被りなおし、ジョーは葉巻に火をつけた。
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