サムライ・ウェスタン・ジャンゴ ‐夕陽の必殺剣‐

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     三  馬で半刻(一時間)ほどだろうか。着いたのは、朽ち果てた教会だった。  陣吾は、縛られたまま床に転がされた。マリアも同様に、床に転がされている。  ラモンが、陣吾の大刀を抜いた。刃渡り二尺八寸。十一代兼定の作だ。 「まったく、すげえ剣だな、こりゃ」  埃を被った木製の基督(キリスト)像を断ち割り、ラモンが言った。 「こんな剣は、見たことがねえ。てめえ一体、どこの何者だ、ジャンゴ」 「そんなことより、その像はおまえらの神だろう。罰が当たらんといいがな」 「減らず口を叩きやがって。なんなら、この剣でてめえを叩っ斬ってもいいんだぜ」 「俺は木像とは違う。おまえの腕では、無理さ」 「てめえがどういう状況か、わかってるんだろうな。野郎ども。生意気な口がきけなくなるまで、かわいがってやれ」  数人の手下が、陣吾に蹴りを見舞ってきた。後ろ手に縛られている状況では、急所をずらすのが精一杯だ。  ラモンは笑いながら刀を鞘に納め、椅子に腰を降ろすと、ウィスキーの瓶に直接口をつけ飲んだ。手下たちも、めいめい飲みはじめた。  入れ替わり立ち代わり、酔ったラモンの手下たちが面白半分に陣吾を蹴ってきた。口や目頭は切れ、出血している。一発がもろに水月に入り、陣吾は胃の中のものを吐いた。 「ようし、一旦やめろ」  ラモンの声で、手下たちの蹴りが止まった。陣吾の呼吸は乱れ、汗と血で濡れた服は、砂埃にまみれている。 「なかなか、タフな野郎ですぜ、親分」  額の汗を拭いながら、手下のひとりが言った。ほかの者たちも、肩で息をしたり汗を拭ったりしている。 「ここまでやりゃあ、減らず口を叩く気も起きねえだろう。さて、そろそろ別の愉しみといくか」  下卑た笑みを浮かべ、ラモンがマリアを見た。 「な、なにをするの」  床に尻をつき後ずさりしながら、怯えた声でマリアが言った。スカートからは、肉付きのいい白い太ももが覗いている。 「言わなくても、わかるだろう。大人しくしてりゃ、痛い目見ないで済むぜ」 「やめて。お願い」 「いま、縄を解いてやるからな。暴れるなよ」  言って、ラモンがナイフで縄を切り裂いた。自由を得たマリアは、ラモンに平手打ちを食らわそうとしたが、腕を掴まれ、床に押さえつけられた。 「じゃじゃ馬が。大人しくしてろと言ったろうが」  ラモンは怒鳴って、マリアの服の襟を掴み、一気に引き裂いた。教会じゅうにマリアの叫び声が響き渡り、続いて、手下たちの野卑の声があがった。  陣吾の呼吸は、だいぶ落ち着いてきた。体は痛むが、骨はやられていない。マリアを助けなければ。壁を背に、陣吾は洋袴(ズボン)に忍ばせておいた小柄で、縄にゆっくりと切り込みを入れた。  スカートも破かれ、マリアはほとんど全裸のようになった。泣き叫ぶマリアの声が、耳に痛い。 「なかなか、いい体じゃねえか。どんな味がするか、愉しみだぜ」 「やめろ。その娘に、手を出すな」  掠れた声で、陣吾は言った。あと少しで、縄は切れる。たとえ勝てなくても、命のかぎり闘う。眼の前の女を救えないのは、もうたくさんだ。 「てめえ。まだ喋りやがるか。野郎ども、もっとそいつを痛めつけろ」  ラモンが怒鳴った瞬間、銃声が轟いた。一拍置いて、窓際にいた手下が、頭部から血を噴き出して倒れた。 「何事だっ」  ラモンが怒鳴った。手下のひとりが、窓の外を見る。 「親分、町で会った、ジョーとかいう野郎ですぜ」 「あいつか。くそっ、やはり始末しておけばよかったぜ」  言いながら、ラモンは腰に銃帯を巻いた。 「やつを始末するぞ。油断するな。歳は若いが、腕は立ちそうだ。二人残れ。この野郎と女を、見張っておくんだ」  二人を残し、ラモンは手下を連れ出て行った。見張りに残された二人のうちひとりは、陣吾に絡んできたマッシュという男だ。  撃ち合いの音が聞こえてきた。銃声に混じって、ラモンの怒鳴り声や、手下たちの叫び声が聞こえる。ジョーは、九人を相手にひとりで闘っているのか。  見張りの二人は、外の撃ち合いに気を取られている。  陣吾は、マリアに目配せをした。マリアは察した様子で、床に落ちている兼定の方へ、ゆっくりと這った。 「ジョーのおかげで、なんとかなりそうだな」 「てめえ。なにぶつくさ言ってやがる」  マッシュが怒鳴り声をあげた。次いで、陣吾も叫んだ。 「剣を投げろっ」  両腕に力をこめ縄を切りながら、全身のばねを使って立ちあがった。 「なにっ」  二人が一瞬呆気にとられた。陣吾はマリアが投げた兼定を受け取り、鞘を払った。 「くそっ」  一拍遅れて、二人が銃を抜いた。マッシュの方がわずかに速い。逆袈裟で斬りあげ、マッシュの右手首を飛ばした。返す刀で、もうひとりの左肩から右脇腹まで斬り下げた。射撃音。マッシュの手首ごと斬り落とした銃が、床に落ちた衝撃で作動したのだ。もうひとりの男は、血を噴き出しながら、のけ反って倒れた。 「てめえ、いつの間に」  左手で右手首を押さえ、マッシュが言った。 「小柄(こづか)を、忍ばせておいたのさ」  床に落ちた小柄を、陣吾は切っ先で示した。 「ナイフ? 小癪な真似を」  左手で酒瓶を拾うと、マッシュは殴りかかってきた。陣吾は踏みこんで、マッシュの首を刎ね飛ばした。頭部を失った体が、首から血を噴き出しながら、ゆっくりと崩れ落ちる。  兼定を鞘に納めると、陣吾はマリアに歩み寄り、ポンチョを脱いでかけてやった。 「ジョーに加勢する。闘いが終わるまで、ここで待っているんだ。いいな」  怯えた表情で陣吾を見あげ、マリアは頷いた。陣吾も、微笑みながら頷いた。  銃声は、散発的なものになっている。  大刀と脇差を腰に差し、落ちている帽子を拾い被ると、陣吾は教会の外に出た。
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