サムライ・ウェスタン・ジャンゴ ‐夕陽の必殺剣‐

1/4
前へ
/4ページ
次へ
     一  この町に来て、ひと月が経とうとしている。  秋になっても、砂漠の風景に大した変化はない。変わったのは、夏よりもウィスキーをうまく感じるようになったことくらいだ。  ジョーは、昼間からケニーの店のカウンターで飲んでいた。二階で女も買えないような、小さな酒場だ。  店は、ケニーと、ひとり娘のマリアの二人で切り盛りしている。マリアは化粧っ気がなく、少々気の強いところもあるが、なかなか美形で愛想もいい。マリア目当てに来る客も多く、小さいわりに店は繁盛している。ジョーもまた、半分はマリアに会うためにこの店に来ているようなものだ。サルーンの娼婦よりも、こういう女の方が好みだった。  自分の本分は忘れていない。腰のホルスターには、最新式のコルトSAA(シングル・アクション・アーミー)が納まっている。もともとは軍用の拳銃で、少し前から民間にも出回るようになった。これまでのパーカッション式と違い、薬莢式は装填が楽で作動も確実だ。ジョーのものは、銃身長が五・五インチの砲兵仕様で、随所にカスタムを施してある。  ジョーは、賞金稼ぎを生業とする、ガンマンだった。お尋ね者を捕らえるか撃ち殺すかして、保安官事務所で賞金と引き換える。そうやって町から町へ流れ、これまで生きてきた。  この町には、ラモンを狙って来た。一万ドルの賞金が懸けられている大物で、ふた月ほど前に牢を破り、この界隈を荒らしまわっているという。  後ろから、大きな笑い声が聞こえた。さきほどから、少し離れたテーブルで三人の男がポーカーをやっている。いま笑った男が、大きく勝ったらしい。巨体で、柄の悪い男だ。 「あのデカブツ、よく来るのかい?」  葉巻で男を指して、グラスを磨くケニーに訊いた。 「週に一、二回ってところかな。おまえさんがこの町に来る、少し前からだ。あいつがどうかしたか?」 「この店の雰囲気とは、ちょっと違うと思ってね」 「客は客さ。おまえさんだって、牛追いを(くび)になった、流れ者じゃないか」 「まあな」  苦笑とともに、グラスに残ったウィスキーを、ひと息に飲み干した。ジョーはこの町では、職にあぶれ放浪するカウボーイで通していた。わざわざ賞金稼ぎを称して、危険を招くことはない。 「あの二人は、昔からの馴染みだ。あまり(むし)らないでくれるといいがね」  溜息混じりに言い、ケニーは磨き終えたグラスを棚に置いた。  そろそろ出ようか、と思った時、スイングドアが開く音がした。なんとなく、ジョーはそちらに眼をやった。  店に入ってきたのは、見知らぬ風体の男だった。歳は、自分より少し若いくらいか。肌は浅黒いが、インディアンともメキシコ人ともつかない。鍔広帽にポンチョといういでたちで、ガンベルトは巻いていないが、長さの違う二本の剣のようなものを、腰に差している。  大小二本の剣のようなものに、しばしジョーの視線は釘付けとなった。騎兵が遣うものより、柄と思われる部分が長い。両手で遣うものなのだろうか。剣だとすれば、の話だ。  異装の男は、酒を頼むでもなく、デカブツのテーブルの方へ歩いていった。  常連の二人はからっけつになったようで、席を立ってそそくさと帰っていった。デカブツは勝利の余韻に浸っているのか、椅子の背にもたれて太い葉巻を吹かしている。  デカブツの横で、男は足を止めた。いったい、なにをしようというのだ。ジョーはグラスを手にとった。口をつけようとして、さきほど飲み干したばかりだということに気がついた。  男は一枚のカードをつまみあげた。ジョーは身を乗り出し確認した。スペードのエースだ。 「すまない。右手の甲に、これと同じ柄の刺青をした男を知らないか?」  聞き取りにくく、もっと言えば下手な英語で、男は言った。 「なんだ、てめえは?」 「ある男を捜しているんだ。右手の甲に、これと同じ柄の刺青がある」 「もうちっと、まともに喋れねえのかよ。メキシコ人、いやインディアンか?」 「違う」 「知らねえな。おい、俺が勝ったからって、たかろうってんじゃねえだろうな。てめえみてえなのに奢る金はねえよ。消えやがれ」 「そうか。邪魔をした」  踵を返して、異装の男は立ち去ろうとした。 「おい、待てよ」  デカブツが立ちあがって言った。異装の男は足を止め、デカブツの方をふり返った。 「どうも気に食わねえ野郎だ」  吐き捨てるようにデカブツは言った。 「俺はただ、ものを尋ねただけなんだがな。気分を害したなら、謝る」 「その口の利き方が、むかつくんだよ」 「うまく話すことができなくて、すまない。争うつもりはないんだ」 「もう一度、ゆっくり言ってやる。その口の利き方が、むかつくんだよ。表へ出ろ、インディアン野郎」 「俺は、インディアンではない」 「てめえ」  デカブツはすっかり頭に血がのぼっているようで、顔が真っ赤になっていた。 「やめてくれ。店の中だぞっ」  ケニーが怒鳴った。デカブツに睨まれてたじろいだが、ケニーは眼をそらさなかった。さすがに西部で商売しているだけのことはある。 「出ようか」  言って、異装の男が外に出ていった。デカブツは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにまた怒りの表情に戻り、男のあとに続いて外に出ていった。  ジョーも席を立ち、酒代を払うと、二人に続いて外に出た。見物するつもりだろう、さらに数人が外に出てきた。  店の前の通りで、異装の男とデカブツがむかい合った。距離は、およそ十ヤードというところか。デカブツは右手を腰の脇に構え、いつでも銃を抜ける態勢だ。異装の男の方は、両腕を下げたまま、ただ立っているだけだ。 「覚悟しろよ、インディアン野郎」  デカブツのホルスターに納まっているのは、コルト1861ネイビーのようだ。なかなか使いこまれている。異装の男は、銃を相手にどう闘うつもりなのか。腰に差したものに手をかけないということは、剣ではないのか。剣であったとしても、銃に勝つのは無理だ。ポンチョの下にホルスターを吊っているようには見えない。それとも、袖の中にデリンジャーでも隠し持っているのか。銃を前にして、落ち着いていられる理由がわからない。  デカブツの方は視界の端に入れておくだけで、ジョーは異装の男の動きに神経を集中させた。 「言っておくが、俺は銃を持っていない」 「知るかよ」  言うやいなや、デカブツが1861ネイビーを抜き撃った。ほぼ同時に、男の腰のあたりで、なにかが光った。刃。やはり、あれは剣だったのだ。剣の動きはまったく見えず、鞘に納めるところだけをかろうじて捉えることができた。  銃声の余韻が消えた。  異装の男は、最初と同じように、無造作に立っている。  デカブツは、口を開け呆然としていた。  まわりの連中もみんな、なにが起きたかわからない様子だ。  この場にいる人間で、なにが起きたかわかったのは、おそらく自分だけだろう。  異装の男は、腰に差した剣を眼にも留まらぬ速度で遣い、銃弾を防いだのだ。確実に見えたわけではないが、そうとしか思えなかった。 「こらあっ。やめんか」  怒鳴り声をあげ、保安官のゴードンが走ってきた。 「真っ昼間から撃ち合いとは、何事だ」  店の前まで来ると、息を切らせながら、ゴードンが言った。髪も髭も真っ白だが、かつてはアリゾナの雷鳴とまで言われた、早撃ちの名手だったらしい。 「あのデカブツが、そこの男に因縁をつけて、銃で撃ったんだ」  デカブツを指さして、ジョーは言った。デカブツの顔は、苦虫を噛み潰したようになった。 「仕事もせず、また昼間から飲んでいるのか、ジョー」  顎鬚をさすりながら、ゴードンが言った。ジョーは苦笑するしかなかった。 「まあいい。ともかく、撃ったのは、あの男なんだな。しかし、酔って狙いがはずれた、というわけか」  なぜデカブツの弾が当たらなかったかを、ジョーはあえて黙っていた。 「はずしちゃいねえ。俺は、間違いなく野郎のどてっ腹を狙ったんだ。インディアンのまじないでも使いやがったに違いねえ」  唾を飛ばしながら、デカブツがまくしたてた。 「俺はインディアンじゃない。それに、まじないも使っていない」 「ええい、やめんか、二人とも。見れば、この男は銃を持っていない。そんな相手に、おぬしは銃を抜いたのか」  低く凄みのあるゴードンの声に、デカブツは怯んだ。老いたとはいえ、ゴードンの眼光は鋭かった。深く刻まれた(しわ)が、幾多もの修羅場をくぐってきたことを物語っている。  ふっと、ゴードンが表情を緩めた。 「まあ、怪我人が出なかったので、特別に今回は不問としよう。わしの気が変わらんうちに、さっさと消えるんだな」 「ちっ」  舌打ちして、デカブツは、店の前に繋いだ馬の方に歩いていった。 「このままじゃ済まさねえぜ、インディアン野郎。ラモン一家の俺を虚仮にしたことを、後悔させてやるぜ」  馬の縄を解きながら、デカブツが言った。ジョーの眉はぴくりと動いた。ラモンに関わりのある者を、ようやく見つけることができた。 「ほう。おぬし、ラモンの子分なのか。いまじゃ『監獄破り』などと呼ばれておるが、初めてやつを監獄にぶちこんだのが、なにを隠そうこのわしじゃ。やつに伝えておけ。今度町にやってきたら、また監獄に送り返してやるとな」  馬上のデカブツにむかって、ゴードンが言った。 「ジジイ。てめえも憶えておけよ」  月並みな捨て科白(ぜりふ)を残して、デカブツは駈け去った。  ゴードンは溜息をついたあと、見物人たちを追い払いだした。  ジョーは、男の後方の地面に、光るなにかを見つけた。近づいて拾いあげると、半分になった銃弾だった。想像した通り、あの男は、剣で銃弾を真っ二つに斬ってみせたのだ。ジョーのこめかみを、ひとすじの汗が伝った。  ふりむくと、異装の男はポンチョを(なび)かせ、通りを歩いていた。  ジョーは銃弾をポケットにしまい、男を追うと声をかけた。 「よう、さっきは災難だったな。俺は、ジョーってんだ。よかったら、めしでも食わないか。(おご)るぜ?」  男はしばし考えるような表情をしたが、首を縦に振った。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加