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 都市部では恐らく「うだるような暑さ」になっているだろうと思われる、初夏の昼下がり。私は妻の曜子(ようこ)と共に、森林の中に作られたハイキングコースの道を歩いていた。舗装されていない道幅は3メートルほどの広さで、緩やかな登りの傾斜が数キロ続いた後に、目的地である別荘地へとたどり着く。これが急傾斜だったり歩きにくい道筋だったら汗だくの行程になっていたかもしれないが、木々の間を抜けて来るそよ風が心地よく体に当たり、来てよかったなあと思わせてくれる快適さを生み出していた。  元々が出不精でインドア派だった私は、例のコロナ禍の影響でリモートで行う自宅での仕事が増えた結果、前にも増して外へ出かける頻度が少なくなっていた。そんな私のことを心配したのか、曜子が誘ってくれたのがこの旅だった。曜子は私と結婚する前から年に一度、頻度の高い頃は年に数回ほど、その別荘地へ旅行していたのだという。私と所帯を持ってから4年、その間は曜子も行くのを中止していたようだが、コロナ禍もようやく収まりを見せてきたところで、出不精な私もぜひ一緒にという決心を固めたのだろう。  まだ妻との間に子供が出来ていなかったことも幸いし、そして私も「たまには外の空気を思いきり吸ってみるのもいいかな」と考え。妻の案内で電車を何本か乗り継ぎ、山あいにある小さな町の駅に到着し。そこからは1時間に一本しかないバスに乗って山道を走り、終点でバスを降りてから、このハイキングコースを歩き始めたのだった。  妻が言うには、以前はもっと多くの観光客で賑わっていたらしいが、賑わい始めると同時にマナーの悪い客も増え。コースに監視を付けたり有料化するなどの防止策を取った結果、それが逆にSNSで叩かれたりもして、結果として賑わいは徐々に薄れていった。しかしそれで昔からの落ち着きが戻って来たと、地元の住民たちはむしろ事態の沈静化を歓迎していたという。
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