4人が本棚に入れています
本棚に追加
序-一方、別の街にて:その1-
──【ダイヤモンド・タウン】の北にある街、【サファイア・タウン】にて。この街は海が見え、夏になるとバカンスや海水浴をしにあちこちから観光客が訪れる。また、海の街という事もあり海産物が名物でお土産の干物は大層人気なのだ。
そんな街にある町、『なみのまち』にある施設では青いネズミと水色の身体をしたワドルディが様々な資料を読んでいた。
「古代機械、ねぇ」
【ダイヤモンド・タウン】にある鉱山で発掘された古代機械の話はこの街にも広まっており、ヒトビトはそれの噂をする様になっていた。願いを叶える古代機械はさぞロマンがあったのだろう、その話は今日の朝刊の一部に記されていた。
「古代機械ですって、ストロン様」
「古代機械は珍しいからね、噂になるのも分かるよ」
「『旦那ぁ、この本何処にしまえばいいんで?』」
「ありがとうアーム。それは二番目の棚にしまっておいて」
「『合点承知の助でさぁ!』」
さて、この施設は水質や海に住む生物等といった『海洋』に関する事を調査・研究をする為の施設──名を【イサリビ海洋研究所】。船に乗り調査をしに行く学者もいれば泊まり込みで研究室内でレポートを書いたりする学者もいる。
先程アームと呼ばれた青色のチューリンは指定された場所に図鑑を戻し、主人──ストロンの元へやってきた。右目のアイパッチが特徴的だ。従ってストロンと呼ばれた大柄なオトコは【ダイヤモンド・タウン】に位置する『かぜのまち』に住まうドロッチェと同じチューリン族なのだと伺える。彼の姿はアームとは反対側の目にアイパッチをつけており、今は白衣を着ていた。
「ストロン様、本日は如何なさいますか? 船に乗って調査に出かけるのかしら?」
「そうだねぇ、レポートも終わったし──」
「『旦那、電話鳴ってるぜ』」
「えぇ……。所長からかな。分かった、すぐ出る」
伸びをしながら彼女──アーム同様助手の水色ワドルディのルディール──の質問に答えようとした矢先、どうやら電話が鳴っているというのだ。他の学者達は寝ているのか外に出かけているのか分からないが電話に出る気配は無さそうだった。そのまま放っておいてもいいのだろうが、万が一の事もある。
ストロンは電話がある部屋に向かい受話器を取った。先程とはうってかわり学者の顔を見せる。
「──はい。イサリビ海洋研究所所員、ストロンでございます」
〈おぉ。ストロンか〉
「! ドク博士ですか?」
〈そうじゃ。元気にしておるか?〉
「えぇまぁ、お陰様で。そちらも元気そうで何よりです」
電話の相手はドクと言う人物だった。自分と同じ学者仲間ではあるが、相手の方が先輩だ。マシンの開発等「科学」に関係する事を調べている科学者でもあった。
──だが、ドクの住む【エメラルド・シティ】以外は未だ科学ではなく「魔法」が主流となっているのか科学者という職業は奇怪に思われる事も少なくない。ストロンがいるこの【サファイア・タウン】もまた魔法が主流になっている為、学者達が発表する論文の締めは大抵「魔法や古代魔術が関係している」等といった文面で終わる事が多いのだ。
〈お前さん今暇じゃろ〉
「はい?」
〈どうせしっかり者のお前さんの事じゃ、レポートも書き終わってる所じゃろ〉
確かに先程書くべきレポートを書き終え、これから出かけようか悩んでいた所だ。図星なので言葉に詰まる。彼は嘘がつけない性分だった。とはいえドクの言い方だと何かしら厄介事を頼まれるのだろうと察する事は出来た。
「あー……その、何ですかね。アレです、これから水質調査しに出かけようとした所なんですよ」
〈お前さんは分かりやすいのぉ。さては嘘吐いとるな?〉
「さ、流石かしらドク博士……」
ストロンの側にいるルディールが小声で感心する。電話越しでもストロンの嘘を見抜けるとは。
「──それで、僕に何の用です? 博士に「レポートの進捗どうですか」とでも言って発破かけてほしいんですか?」
〈お前さん少しワシに辛辣じゃないかえ?〉
「まさか。そんな事ないですよ」
〈はぁ。……まぁいいわい。そうじゃな、急でスマンが【エメラルド・シティ】にあるワシの研究所まで来てくれんかのぉ〉
「い、今からですか? もう夕方ですよ」
〈そうじゃ、少し手伝ってほしい事があっての。……それと部屋なら用意するから泊まっていけ〉
それじゃあの、と一方的に電話を切るドク。ぽかんと呆気にとられたストロンだがアームの呼びかけにハッとし受話器を置いた。頭を掻きそれからため息を吐く。
「……全く。困ったヒトだよ」
「それでストロン様、ドク博士の所に行くのかしら?」
「そうだね。時間帯的に多分泊まっていくかもしれないから、ルディもアームも先に寝ておいてね」
「『アイアイサー! 留守番は俺っちに任せておけぃ!』」
「お気をつけて!」
時刻は夕方。完全に暗くなる前に行こうとストロンはトランクを持って研究所を後にするのだった。
*──…
【エメラルド・シティ】は大都会。成功を夢見た若者達はこの街に上京しにやってくる。この街は【ダイヤモンド・タウン】と違い電車も自動車も最新型だ。デザインも古めかしくない、今時のもの。そして時間丁度に電車は駅に着く。余程の事がない限り遅れる事など無いのだ。この街は「魔法」というモノは無く、「科学」というモノで世を動かしている。ありとあらゆる物は皆、「科学」によって作られている。
さて、そんな街にある施設──【ドク・ラボラトリー】に訪れたストロンは呼び鈴を鳴らした。少し待てばぐるぐる眼鏡をかけ、そして髭を生やしたネズミが玄関から出てきた。彼もまた、チューリン族なのだろう。
「待っておったぞ、ストロン」
「全く。いきなり呼んで何なんですか」
「まぁまぁ。まずは上がれ、詳しい話はそれからじゃ」
「はぁ」
心なしか何処か浮かれている声色にストロンは嫌な予感がする。恐らくきっといい研究材料を発見したのだろう。ドクは何かを発見し調査をする際、一度はストロンに連絡するのだ。研究分野も違う彼等だが同じ学者同士というのもありウマが合うのだろう。
彼等が出会ったのは世界各国から学者が集まり研究成果を発表する学会で偶然出会い、それから互いに交流するようになった。
「──古代機械?」
ドクの部屋にやってきたストロンは客人用のソファに座り出された紅茶を一口飲む。ドクは新聞をテーブルの上に広げ記事を指した。
「そうじゃ。なんでも【ダイヤモンド・タウン】にある鉱山で発掘されたと言うんじゃよ。お前さん所にも広まっておるじゃろ、この話」
「えぇ。皆、願いを叶える古代機械に興味深々な様で」
「ワシもじゃ。古代機械は滅多にお目にかかれないモンじゃからな、これは絶好のチャンスとみた! ワシはこの"古代機械達"の謎を解明したいんじゃよ」
古代文明に造られた機械を動かすには【夢幻の歯車】という特別なパーツが必要だ。それ等は何処にあるのか、どんな形をしているのかと謎に包まれている(とはいえ『歯車』と言うだけあって大まかな形は想像出来るだろうが)。
そしてドクの口から聞いた『古代機械達』。今回発掘された古代機械以外に他の物もあるのだと言う。ストロンが口を開こうとしたら扉をノックする音がした。ドクは椅子から降り扉を開ける。そこには緑色のチューリンとベレー帽を被った金髪の少女がそこにいた。
「『失礼します、博士。文献を持ってきました』」
「爺じー、お菓子いるのです?」
「スマンのサイエン。……そうじゃな。ビビ、冷蔵庫にあるケーキでも持ってきとくれ」
「はーい!」
仔ネズミ──サイエンから文献を受け取ってから少女──ビビにケーキを持ってくるようお願いする。サイエンは一礼し、ビビは元気よく返事してその場を後にした。
──パラリ、と分厚い文献を捲る。ストロンは文献を覗き込むような姿勢になる。文献には古代文字や機械らしきスケッチが載っていた。書かれて結構経ったものなのか、本は所々黄ばんでいた。機械のスケッチはモノクロでソレ等はどんな色をしているのかは分からない。
「現時点で確認出来ている古代機械は二つ。そのどれも『古代人が造った文明の機械』とされておるそうじゃ。現在は古くオンボロでも、当時は最新型の機械だったんじゃろうな」
スケッチには眠そうなネコの目や更にコンパスや三角定規、ハサミ等と言った部品も描かれていた。顔がある機械は珍しいのだと当時は話題になったのだそう。
次のページにいけば、こちらもスケッチだ。船のオールやウィング、エムブレム……。
「……船の方は分かるけど、もう一つは何ですかね」
「さぁな。古代人の考えは流石の科学でも分からんわい。仮に調べようにも時代はあまりにも流れ過ぎた。──今回【ダイヤモンド・タウン】の鉱山で見つかったのはこの古代機械のうちのどちらかじゃろう」
ここから何が言いたいかを察してしまったストロンは内心でため息を吐いた。恐らく現場に行きたいだの、歯車を探したいだのといった旨だろう。
「歯車を探したい、という事ですか?」
「それより現場に行きたい、じゃな。──流石はストロン、ワシの考えが分かるなんて凄いのぉ。……まぁ歯車は【ダイヤモンド・タウン】の誰かが見つけるじゃろ。ワシは古代機械が動く所をこの目で見たいんじゃ。何故特別な歯車でなければ動かんのか、仕組みは一体どうなっておるのか。魔法ではなく科学で証明したいんじゃよ。……ワシの、長年の研究の一つじゃからな」
「…………」
ポツリとこぼすドクの目的。「魔法」等といった非科学的なものではなく、論理も原理もしっかりとある「科学」によっての解明。ストロンは何も言えずドクから目を逸らし黙ってスケッチを見る。
文献の文字は皆、古代文字で記されている。学者たる二人は大まかではあるが古代文字の解読が可能だ。何故なら論文を書く際の参考文献の中に古代文字で書かれた物もあるからで。
「ケーキ持ってきたのです。ショートケーキとレモンケーキがあったのです」
「ビビか。テーブルの上に置いてくれ」
「はぁい。……えっと、爺じ。この方は?」
「ん? 僕かな?」
チラリとビビ──正式名称は「ビビッティア」という名前らしい──はストロンの方を向く。ドクは客をあまり招かないようで、ストロンが珍しく見えたのだろう。文献を読んでいたストロンだが、声に気づき彼女の方を向く。
「僕はストロンって言う名前なんだ。よろしくね」
「ワシの友達で同じ学者仲間なんじゃよ」
「まぁ! 爺じのお友達でしたか! ビビはビビッティアというのです。爺じ──コホン、博士の助手なのです! お見知りおきを!」
「ビビ。もう遅いからの、先に寝ておれ」
お辞儀をしてそれから部屋を後にする。
彼女が去った後、ストロンは「今更繕った所でねぇ」と軽く笑う。
「所で博士、【ダイヤモンド・タウン】にはいつ行くか考えてます?」
「そうじゃなぁ。明日……と言いたい所じゃがお前さんの都合もあるじゃろ? 三日後の朝に出発でどうじゃ」
「まぁ、それなら大丈夫かな。──分かりました。ルディ達に伝えておきます」
「何じゃ、アイツ等は連れて行かんのか。古代機械を調べに行くとは言え他所の街に出掛けるんじゃぞ? 観光として回ればえぇのに。……ワシはビビとサイエンを連れて行くぞ。たまにはアイツ等と出かけんとな」
まぁ今日は休め、とケーキの皿を片付けストロンを客室に案内するのだった。
最初のコメントを投稿しよう!