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ナオは勇登が帰った後、彼が平らげたレバニラの食器を片付けながら、勇登とはじめて会話した日を思い出して、クスリと笑った。
あの日、スーパーの総菜売り場の前で首をかしげている勇登を、ナオはしばらく遠目に見ていた。
ナオはその年高校に入ったばかりで、彼はクラスメイトのひとりだった。
高校に入学すると新しい人間関係がはじまり、中学までの歴史は一旦リセットされる。お互い目には見えない探り合いがはじまり、徐々に自分の立ち位置を確立していく。
その中で勇登は初日から頭角を現した。
すらりとした体型には、程よく筋肉がついていて、いざという時は頼りになりそうな感じがした。それでいて整った目鼻立ちで凛々しさがあるのに、子供みたいに無邪気に可愛らしく笑うから、そのギャップが女子の心を掴み、あっという間に一番人気になった。
その彼が、庶民的な総菜コーナーの前でひとり悩んでいるとなれば、更に人気が出るのは間違いなかった。
平日の夕方でも、お惣菜コーナーは充実していた。最近は家庭と仕事を両立している女性が多いからだろう。パック詰めされたものから、量り売りのものまで、欲しいものを必要な量だけ買うことができる。
勇登は色とりどりのおかずが並ぶ量り売りコーナーの前で、困惑の表情を浮かべていた。
ナオは一歩踏み出した。
「志島君?」
本人だと確実にわかっていたが、緊張したのか語尾が上がってしまった。彼と話したことは一度もなかった。
「ああ、城嶋」
勇登は振り返るとはっきりとそういった。入学してまだひと月足らず、たいして有名でもないナオの名前を彼は覚えていた。
「なにか買い物?」
ナオは平静を装って、きいた。
「ああ、今日は母親が仕事で泊まりだから、夕飯買おうと思って。いつもはコンビニなんだけど、ちょっと飽きたから、スーパーに来てみたんだ。城嶋は?」
「わ、私は、ちょっと買い出し。志島君、お惣菜買うの?」
ナオは量り売りコーナーを見ながらいった。
「うん。このレバニラがすっげー旨そうなんだけど、買いかたがわからなくてさ。誰か買うの待って、それ真似しようと思ったんだけど、誰も買わねーの」
そういって勇登は、はにかんだ。
その表情に心臓が一度大きく跳ねたが、それは気にせずに抑えた声でナオはいった。
「レ、レバニラだったら、うちで食べればいいよ。あるよ。レバニラセット」
「え?なに、城嶋ん家、店やってんの?」
「うん、喫茶店だけど、ちょっとしたご飯も出してるの。今日も買い忘れの買い出し。うちのお母さんすぐ忘れるんだよね。よかったら食べに来る?」
「いいの?行く、行く!」
勇登は身を乗り出すと満面の笑みを見せた。
その表情に今度は心臓がキューっとなり、すぐに声を出せそうになかったから、ナオは最大限の笑顔で答えた。
店に連れてこられた勇登は、はじめキョロキョロと店の中を観察していたが、目の前に皿が置かれると「すげえ」といって目を輝かせた。
ナオは勇登の向かいの席に腰かけて「うまい、うまい」といって、レバニラとご飯を交互に食べる彼を見ていた。自分が作ったわけでもないのに、不思議と嬉しくなった。
店はもともと祖母がはじめて、祖母と母で経営していた。これまでは、店でレバニラを出していることが気に入らなかったが、このときばかりは悪くないと思えた。
勇登は、大盛りのご飯をたいらげると「おいしかったーっ」といってお腹をさすった。ナオがいれたてのコーヒーを出すと、勇登は母親が航空自衛官で『当直』という基地に泊まりの勤務があること、母親と二人で暮らしているいることなどを話してくれた。
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