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「…はい、どーぞ」
「いただきます!」
「…いただきまーす」
どうして明日美がいるんだと、まずそれを聞きたかったけど。凪に「オムライスオムライス!」と急かされてしまい、とりあえず部屋着に着替えてオムライスを作った。もちろん明日美の分も。
「直!おいしい!」
「そう?良かった」
「うん、おいしい。直のオムライスなんて初めて食べた」
「そう、だっけ?」
言われてみれば、明日美と付き合っていた頃、もちろんこの部屋で何度も一緒に過ごしたことはあるけど、手料理を振る舞ったことはなかったかもしれない。明日美が料理好きだったから、作ってもらってばかりだったなぁ…と思い出す。
3人でオムライスを食べるなんて気まずいだろ…と思っていたけど、凪が、今日お店にこんなお客さんが来た!とか、パフェの盛り付けをやらせてもらった!とか、ずっと楽しそうに話してくれたおかげて、あっというまに時間が過ぎていった。
なんか“普通”だな。普通に明日美と話ができている。
オムライスを食べ終えると、「凪がお皿洗いする!」と、3人分のお皿を持って凪はキッチンへ向かった。そんな凪を見つめながら、明日美が「ふふ、」と笑う。
「凪くん、可愛いね」
「え…?あぁ、ほんと、子どもみたいだよ」
「…ふぅん?」
「…なに?」
意味ありげな明日美の視線。
明日美は「別にー?」と笑うと、「長居しちゃ悪いから。帰るね」と立ち上がった。
キッチンにいる凪に「明日美を送ってくるけど、凪も行く?」と声をかけると、凪は「待ってる」と首を振った。
明日美と並んで歩くのは、とても久しぶりだ。
今日は朝からずっと、薄い雲が広がっていた。
肌寒く暗い夜道。星もすっかり隠れてしまっているんだろう。
凪のいない、ふたりきりの時間。
「…今日はごめんね?勝手に家行ったりして」
その静けさを破ったのは、明日美のほうだった。
「今日真之介さんお店でね、凪くんに言われたの。直がオムライス作ってくれるから、すっごくおいしいから、食べに来てください!って」
「…凪に?」
「最初はもちろん断ったんだけどさ、凪くんが言うの。直のこと嬉しくしたいって。恋人は宝物でしょ?宝物が戻ってきたら、直は嬉しいからって。正直意味はよく分かんなかったけど…、凪くんがすごく一生懸命だったから、だから、じゃあ行こうかなって、」
凪がそんなことを…?どうして、凪が。そもそも凪は、俺と明日美の関係なんて知らないはずだ。
「それにね、確かめたくなったの」
そう言って、隣を歩いていた明日美の足がぴたりと止まる。
「直の宝物って、もしかして私…?って。ちょっと期待しちゃった」
そして明日美は自嘲気味に笑った。
「でも、違ったね。…でも、凪くんも誤解してると思う」
「誤解…?」
「直の宝物は私で、私が直のところに戻れば嬉しいって。…そんなこと、ないのにね」
止まっていた明日美の足が再び動き出す。もう一度俺の隣に並ぶと、まっすぐに視線を合わせてにこっと微笑んだ。
「私はひとりで帰れるから。凪くんのところに戻ってあげて?凪くん、直のためにって一生懸命だったけど、それ以上に、寂しそうだった」
「ちゃんと自分の気持ち伝えなよ!」と、バシッと肩を叩かれる。
「また会社でね!」
そう言った明るい明日美の声が合図だったかのように、俺の足は凪のもとへ向かっていた。
鍵を差し込み、ガチャガチャッと荒っぽくドアノブを引く。
「…あれっ?」
…開かない。俺、鍵閉めて行かなかったっけ?もう一度鍵を差し込み、そのドアを開けた。
部屋の中は電気が付いている。だけど何かがおかしい。この感じ、知っている。
凪が大吾のところに行ってしまったときと同じだ。
ふと視線を下に向ければ、玄関に凪の黒いスニーカーがない。
「…凪…っ」
慌てて靴を脱ぎバタバタと廊下を進む。
「凪…?」
凪が、いない。ソファーにも、ベッドにも、お風呂にも、トイレにも。どこにも凪がいない。
「…なんで、嘘だろ…」
さっきまで凪と一緒にオムライスを食べていたテーブルには、なぜかあの絵本と、その上に1枚の紙切れが置かれていた。
なおのことうれしくできた?
なぎはおうちにかえります
このえほんはずっとずっとなおのそばにおいておいてね
さようならのかわりに
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