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「どうして、ひとりで勝手に家を出ていったの?」
俺は泣いているけど、怒っているんだ。
それはきっと、凪にも伝わっているはず。
でも凪は、どうして俺が泣いているのか、怒っているのか、本当に分からない様子で、ただ困ったように眉を下げた。
「直、うれしくなかった…?」
「凪がいなくなって、嬉しいわけないだろ」
「で、でも、明日美ちゃんが、戻ってきてくれたでしょ?」
凪の言葉に涙がぴたりと止まる。だけどそのかわりに、今度は凪の目からぽたぽたと涙がこぼれ始めた。
「直、ずっとずっと、さびしそうだったから…。だから、明日美ちゃんが戻ってきたら、また、元気になってくれるかなって、そう思ったんだもん…っ」
それはまるで、ずっとずっと前から俺のことを知っているかのような口振りで。
もしかしたら凪は本当に、ずっとずっと前から、子どもの頃にあの絵本を買ってもらった日から、俺のことを見ていてくれたのかもしれない。
♦︎
♢
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♢
ずっとずっと、直のことを見ていた。
直が絵本を開くたび、いつかこの男の子とお話がしてみたいって、そう思ってた。
直はずっとずっと、あの絵本を大切にしてくれていたけど、だけど大人になった直は、いつのまにか笑わなくなってしまった。
どうしたの?どうして笑ってくれないの?どうしたら笑ってくれる?
ずっとずっと、そんなことを考えていたある日。
目の前に今までよりもはっきりとした輪郭を持った直がいて、そして直とお話をすることができるようになっていた。
これはきっと、神様がくれた贈り物。
そして直は”凪”という名前をくれた。
名前だけじゃない。ふかふかのベッド。おいしいご飯。綺麗な洋服。
直は凪にたくさんのものをくれたから、だから凪も直にお返しをしたかった。
直にまた、笑ってほしくて。
でもそれは、どうやら失敗してしまったみたい。笑わせるどころか、直を怒らせてしまった。
「凪」
いつもより少しだけ低い直の声。怒られるのが怖くって、直の顔が見れない。
「凪は、俺とお別れしたいの?」
「…え…?」
怒っていると思ったのに、直の声は寂しそう。
本当はお別れなんてしたくない。だけど、明日美ちゃんが戻ってきてくれたら、凪はきっと、もといた場所に帰った方がいいって、そう思っちゃったんだもん。
「凪は、俺とお別れしたいの?」
もう一度、直が聞く。さっきよりも優しい声で。
「…っ、お別れ、したくない…。直と、一緒がいい…っ」
直といろんなお話をして、大吾とたくさん遊んで、真之介くんのお店でお仕事をして。それは全部がとてもとても楽しくて、ずっとこんな日々が続いてほしいって、ほんとはそう思ってた。
直とずっと一緒にいたい。
それが本当の気持ち。
「…じゃあ、俺と一緒にいればいいじゃん」
「…え…?」
「なにをそんなに悩んでるの?」
直はそう笑うけど、でも、
「直は、迷惑じゃないの…?」
「何が?」
「凪が、一緒にいて、迷惑じゃないの…?」
止まりかけていた涙が、またこぼれてきてしまう。泣いたらきっと、直に迷惑かけちゃうのに。
だけど直は、「ふふ、」と笑って、優しく涙を拭ってくれた。
「俺は、凪と一緒にいたいよ。これからもずっと、凪と一緒にいたい。…凪は、どう思ってる?」
どうしてそんなに優しくしてくれるの?って、そう聞きたかったのに、涙が邪魔して言えなくて。
だけど直が言ってくれたみたいに、本当の気持ちはちゃんと言葉にして伝えたかった。だって神様が願いを叶えてくれて、直とお話できるようになったんだから。
「…、直と、これからもずっと、一緒にいたい…直のこと、大好きなんだもん…」
なんだか胸がぎゅうっとなって、直におもいっきり抱きつくと、直も優しく抱きしめ返してくれた。温かくて、温かくて。ずっとこのままがいい。
「俺も…、凪がいてくれなきゃだめかも」
「直も、凪のこと好き?」
「…そうだね。お別れしたくないって思うくらいには…好きみたい」
直の真剣な声に、ぎゅうっとなった胸が、今度はなんだかドキドキする。これって、どういう気持ちなんだろう?
今はまだ、分からないけれど。凪は直のことが大好きで、直も凪のことが好き。これだけで今はとっても嬉しい。
「凪。帰ろうか?」
そっと体を離した直が、こちらに右手を差し出した。その手に自分の手を重ねてぎゅっと強く強く握りしめる。
「痛いって」と直は言うけど、その顔からは笑顔がこぼれおちている。
直に手を引かれ、一歩足を踏み出した。
一緒に帰ろう。ふたりで暮らすあの家に。
Home Sweet Home!
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おわり
スター特典におまけのお話公開しています。
もしよければそちらもご覧ください。
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