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高崎孝太郎が思っていたよりも、残業がかなり長引いてしまった――。
今夜の会場であるチェーン店の和風居酒屋へと着いた頃には、六人掛けのテーブル席には槇野朋哉がただ一人居るだけだった。
高崎の姿を認めるや否や、槇野は手にしていたぐい吞みを掲げて見せる。
人好きのする端正で甘やかな顔をさらに笑顔で蕩かせて、半ば本気で高崎へと持ちかけてきた。
「お疲れ!駆けつけ三杯いっとくか?」
「回るから止めておく。それで、他の皆は?」
槇野の真向かいの席に座り、高崎はネクタイを緩めながらたずねた。
槇野は、学生時代からLINEやメール等で事態や状況を伝え知らせてくる質ではなかった。
来て見れば分かる。と言い放ちそうな性格をしていた。
今もけして声や言葉にはしなかったが、同じことだった。
槇野は高崎の質問には答えずに、その手元と首の辺りをしげしげと眺める。
長いのではなくて濃いまつ毛が絡まりそうな勢いで、まばたきを繰り返している。
「――何?」
露骨過ぎる槇野の視線を見返し高崎が問うと、これには槇野はすぐに答えてきた。
「いや、コウタ、会社員らしいなぁーと思って」
「『らしい』じゃなくて一応、会社員だよ。一年目のド新人だけど」
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