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 苦笑いを漏らしつつも、高崎はけして嫌な気はしない。 高崎の名前である孝太郎を『コウタ』と呼ぶのは、昔も今も槇野だけだ。 同じようにして、高崎は槇野の名前の朋哉を『トモ』とはけして呼べない。 そもそも、名前で呼ぶことすら出来ないままでいた。  このまま、槇野ただ一人だけが『コウタ』と呼んでくれればいい、そうであってほしいと高崎は心密かに願っている――。  槇野がぐい吞みの中身の本醸造を干してから言い放った。 「スーツ、よく似合ってるよ。皆にも見せてやりたかったなぁ」 実にしみじみとした、感に堪えない様はまるで高崎のスーツ姿を肴にして酒を飲んでいるかのようだった。  さすがにそこまでは想像しないにしても、呆れて高崎は続ける。 心持ち、語気を強くしてみた。 「だから、そのはどうしたんだって、さっきから聞いているんだけど」  途端に真顔になった槇野から高崎へと、お品書き(メニュー)を差し出された。 「おまえ、何飲む?」 「・・・・・・生ビール、中ジョッキで」  槇野の考えや行動に突拍子がないのはいつものことなので、今さら高崎は苛立ちを覚えない。 むしろ、まるで変わらないブレない槇野が心の底から羨ましかった。
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