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「県南地区の颯がどうしてここに?」
「南山中の合宿をこのあたりでやってるらしい。会場もここを押さえているらしいんだ.。いいプールだしな」
龍樹の問いに対して繁が答えた。
「だからと言って、わざわざ俺に会いにきたのはどうしてだ?」
「このままだとな、こっちが納得できねぇんだよ」
龍樹と繁の間に割って入るようにして颯が声を上げた。
「確かに俺は全国大会行きを決めた。だけどな、俺はお前を倒して全国に行きたかった。そして、ブロック大会で夏を終えたこいつらも県北中と本当の決着をつけたがっている」
颯がそう言うと、肩幅からウエストまで見事な逆三角形ボディーに鍛えられた3人の生徒が現れた。
「だから全国大会に行く前に、ここでお前と決着をつけさせてほしい」
「でも、うちの他のメンバーは」
「もう呼んでいるぞ」
繁が口を挟むと同時に、背泳ぎの佐藤匠、平泳ぎの菊池亮が現れた。県北中のメドレーリレーメンバーも集結した形だ。
「南山中から申し込まれたリターンマッチだ。受けない理由はない」
匠がそう言うと、
「お前だって、このままこの夏が終わってほしいとは思っていないだろ?是非、一緒に泳いでほしい」
亮がそう続けた。頭の中を整理するので手一杯な龍樹に向かって、颯が続ける。
「お前に泳いでほしいのは俺だけじゃない。あれを見ろ!」
颯が指差したのは観戦用のスタンドだった。そこからは10人以上の南山中の体操着を着た生徒が見下ろしており、中には太い文字の書かれたスケッチブックを掲げている者もいる。
「タツキ!ファイト!」
「応援してるよ!龍ちゃん!」
書かれている文言はすべて、龍樹を応援するものばかりだ。
「言ってなかったけどな、うちの水泳部にはお前の隠れファンクラブがあるんだ。このまま終わるなんて寂しいって、みんな言ってるんだぜ」
「でもこんな遅くにみんなでここまで来て、先生に怒られないのか?お前んとこの顧問、高岡総帥だろ?練習時間外の行動にも厳しいんじゃないか?」
時刻はすでに夜の7時を回っている。龍樹は素直な懸念を示した。
「それは心配ない」
1人の男性の声が龍樹の疑問を打ち消した。やってきたのは高岡だった。
「私が引率してきた」
高岡の答えに、龍樹は目を見開いた。
「実は、藤川さんがだいぶ君のことを心配してな。いきなり上の大会への道を絶たれて完全に塞ぎ込んでしまうのではないかと。水泳もやめてしまうのでは?とも言っていたな」
「高岡先生、それは言わない約束です」
颯が高岡をたしなめた。
「あ、ん、ンー」
高岡は一瞬だけばつの悪い表情を浮かべると、言葉を続けた。
「とにかくな、君達との対決があってはじめて藤川さんは迷いなく全国大会への練習を重ねられる。それに、残りの3人も悔いを残さずこれから受験に専念できる。協力してくれるか?」
高岡がそう告げると、
「龍樹君、期待してるよ!」
「最後に龍ちゃんのクロールが見たい!」
「不戦敗は許さないぞー!」
スタンドから黄色い声が飛んできた。
「俺たちも、最後にまた龍樹と泳ぎたい」
繁が龍樹に向かってそう告げる。もはや断る理由はない。
「わかりました。やりましょう」
龍樹は言った。
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