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 自分が芸能人だからか、心から信頼できる友人などごくわずかだ。いつ何をリークされるか分からないそんな戦々恐々な気分を味あわなければならない自分の人生を、時にひどく残念だとは思う。それでも信頼できる友人が一人でもいることに蒼は喜びを感じ、人生は意外と捨てたものじゃないと思えることが嬉しい。  そんな蒼の貴重な一般人の友人が持っている別荘は、都心から高速を使って三時間ぐらい行った所にある避暑地でも有名な場所に建っている。森の中にあるその別荘は、まだ築二,三年ってとこで、新築で建てて以来ほとんど利用されていないらしく、新品同様だと友人が話していた。 (金持ちのやることは理解できないな。)  蒼は心の中でそう呟きながら、慣れた手つきで車を運転する大和を、横目でこっそりと見つめた。  別荘が建てられたエリアには湖があり、豊かな自然に囲まれたここは、大都会の喧噪から逃れるのには最適な場所だ。  湖を通り過ぎ、別荘やキャンプ場が立ち並ぶエリアをしばらく走ると、友人に教えられた通り目印の赤い橋が見えてきた。その橋を渡りきったすぐ先にある横道に入り、両端が草木に生い茂るその道を左右くねりながら登っていくと、木立に囲まれた二階建てのログハウスが見えてくる。中心地のエリアから隔離されたこの場所はとても静かで、耳を澄ましても、木々が風に揺れる音と、小鳥の鳴き声ぐらいしか聞こえてこない。  大和は蒼の頼みを聞き入れ、瑞樹との約束を断ってくれた。瑞樹はかなりがっかりしていたが、次の機会に絶対に行きたいという大和の言葉に救われ、それを受け入れてくれた。 (次の機会? それだって絶対に譲らない。)  蒼は,あの晩大和の部屋に怒りに任せて行った時の感情が蘇る。蒼はあの時確実に自分を見失っていた。怒りという感情が、あれほどまでに自分を見失わせるものだということを蒼は今まで知らずに生きてきた。それはそれで幸せだったのかもしれないが、でも、そんな今までの自分の人生は、逆になんてつまらないものだったかを知った。  感情的になるのは決して良くはない。でも、誰かを思う気持ちが蒼を情熱的にし、生きる力を漲らせるのなら、それは決して悪いことではなく、むしろとても幸せなことなのだと思いたい。  でも大和は、今日は朝から蒼とちゃんと目を合わせてくれない。元々恥ずかしがり屋な人ではあるが、蒼のあの晩の言葉を意識しているのはありありで、蒼はそれが辛かった。 「抱きたい」と蒼は大和にそう言った。あの時そんな言葉を口にしたのは、単純に焦っていたからだ。まだ、蒼との関係に不安定に揺れている大和と体ごと深く継がれば、大和のすべてを自分に繋ぎ止めることができると思ったからだ。でもそれはとてもひとりよがりで、性急な考えだったとは思う。ただ、蒼は瑞樹に休暇を奪われそうになったことや、メンバーやそれ以外の人間たちの目から隠れ、こそこそと関係を続けていかなければならないことに強いストレスを感じていたのは事実だ。その行き場のない感情が溢れてしまい、大和を更に追い詰めるという形になってしまったことに、蒼はやっぱり後悔していないとは言えない。 (ごめん。大和さん。でも、俺はそれでも期待してるんだよ……。)  こんな自分が嫌いでも、蒼はその希望を捨てることができない。大和が蒼に抱かれるのを望んでいることが、自分を本当に好きだという確固たる証になると信じているから。  大和は建物の裏側に車を止めると、いきなり驚いた様子で目の前を指さした。蒼は大和が指さす方向に目をやると、建物越しに見えたのは、ここに来る途中見てきた湖だった。山の中腹にあたるこの場所は、丁度湖が一望できるようになっているらしく、先に広がる湖には何隻かのボートが浮かんでいた。多分、カップルや親子連れなのだろう。楽しそうにボートを漕ぐ姿が遙か遠くに見える。  クリスマスが終わってしまいどこか寂しさを感じるが、今日はとても天気が良く、もちろん風は冷たいが、日光が温かく蒼たちの頬を照らしてくれるのが嬉しい。蒼は大和に寄り添うように、フロントガラスに広がる湖を見つめた。 「ここいい場所でしょ? 友達がいつでも好きな時に使っていいってさ」 「……へ~、蒼の友達は金持ちなんだな」  大和はどこか、心ここに在らずのようなぼんやりした言い方をする。 「まあね。中学の同級生なんだけど、唯一今でも交流のある奴だよ。育ちのいいお坊ちゃんだけど、いい奴なんだ」 「……そうか。一人でも心から信頼できる友達がいるっていいよな……よし、降りるか」  大和はそう言うと、蒼からそっと体を離し車のドアを開けた。  蒼は先に建物へと進む大和の後を追うように付いて行く。その後ろ姿を見ていると、思い切り背後から抱きしめたい欲求に駆られる。今日は誰の目も気にしなくていい。それがとても嬉しいのに、大和と蒼のテンションが同じではないような気がして、蒼はその欲求を静かに飲み込んだ。  別荘の正面に回ると、更に近くに湖が見えた。ちょうどそんな景色を眺めるためなのか、別荘の玄関の脇にはウッドデッキがあり、そこに木製の大きなベンチが置かれている。蒼たちは引き寄せられるようにウッドデッキに近づくと、少し疲れているのもあってか、並んでベンチに腰掛けた。 「綺麗だな……湖。何かこんな風にぼんやり自然を眺めるなんて、いつ以来だろう」  大和は蒼の肩に頭を載せると、何かを懐かしむような言い方をした。 「そうだね……昔みんなで海に行ったことあったよね。あの日のこと思い出すな」  蒼はそう返すと、大和の頭に自分のこめかみを押し付けた。 「うん。あれは楽しかった。またみんなで行きたいよ……」  今日はやっと二人きりになれたのに、蒼たちは自然とメンバーのことを考える。共に刻んできた苦労や喜びが蒼たちの体に深く染みついているから、七人の人生がまるで大きな一つの人生のように絡まり合いながら、これからも進んで行くのは変わらない。 (それを俺が自分の身勝手で壊したら、メンバーは俺を恨むだろうな……。)  多分、否、絶対大和もそれを望んでいないだろう。もちろん本当は自分だって。でも、好きという感情をお互いが持っているなら、蒼たちは堂々と自由に愛し合っていいはずだ。もしそれが罪になるようなら、蒼はそんな世界など興味がないし、生きてなどいたくない。だからこそ、バレなければ良いという考えに縋りたくなるし、そうするのは簡単だ。でもここまで深く繋がったメンバーを欺むいてまで続ける関係が、果たして本当に幸せなのか蒼は正直分からない。蒼の隣でぼんやりと湖に目をやる大和も、きっと同じことを考えているのだろうと思うと、益々分からなくなってしまう。  蒼はそんな自分の思いを掻き消すように、大和の手をそっと握った。包み込むように優しく握ると、蒼の思いに応えるように大和も強く握り返してくれる。蒼はそれが嬉しくて、首を傾げると、大和の唇を優しく奪った。 「ふっ、蒼……」   大和は躊躇うように口を開けると、蒼の舌を受け入れてくれた。蒼は焦らないようゆっくりと舌を絡ませる。今日は時間が沢山ある。明日のスケジュールは運よく午後からになったから、宿舎へ帰る時間が多少遅くなっても大丈夫だ。 「大和さん……好きだ」 「蒼……俺も」  そう言って蒼の首に腕を回す大和に、胸が激しく高鳴る。  蒼たちは感情が昂るままキスをしながら立ち上がると、今まで抑えていた欲望を爆発させるように激しいキスを交わした。 「はあ、蒼……好きだ……」  そう言って蒼を建物の窓まで追い詰めると、大和は切なげに眉を寄せながら蒼の首に顔を埋めた。 「寒いから、中入ろう」  蒼は大和の肩を抱くとそう言い、バックから鍵を取り出した。 「蒼……」  大和はまるで、中に入ることを躊躇うみたいに蒼の腕を掴んだ。  「何?」 「……いや、何でもない」  分かってしまう。大和の行動の一つ一つが、蒼のあの言葉を意識したものだということを。でも蒼はそれを分かっていながらも知らない振りをしてしまう。 「中はどんな感じかな。しばらく使ってないみたいだから、換気が必要かな」  蒼はそう言いながら玄関のカギを開けると、大和の手を引きながら中に入った。  別荘の中はシンプルな造りになっていた。入ってすぐの右側にはバスルームとトイレが並んでいて、左側には大きなリビングがありそこにテレビとソファーが置かれている。その奥にはキッチン。多分二階は寝室になっているはずだ。  蒼は部屋の中の空気を確認すると、少し窓を開けた方が良いと判断し、寒いのは嫌だがリビングの窓を開放した。 「寒いけど、少し我慢して。今暖炉に火を付けてみるよ。大和さんやったことある?」 「ない……」  そう即答され蒼は溜息を漏らすと、暖炉に近づき積み上げられている薪を掴み暖炉の中に放り入れた。親切な友人に、暖炉を使う時利用しろと教えられた着火剤をバックから取り出すと、それで薪に火を付けてみる。 「あ~、いい感じじゃない? 俺って何やっても上手く行く男じゃん」 「はあ? 良く言うよ。面倒くさがり屋なくせして」 「大和さんがそれ言えるかよ。自分棚上げし過ぎ」  蒼たちは向かい合って笑うと、ほんのりと熱を作り出してきた暖炉に自然と両手を翳した。 「二階も換気した方がいいかな? 行ってみる? 二階の方が更に眺めがいいかもよ」  蒼はそう言い大和を誘ったが、大和は蒼から目を反らすと、「俺はいいや」と一言だけ呟き、ソファーに腰かけた。  一通り換気を済ませると、蒼たちはリビングで、途中で買った弁当で昼食を済ませた。久しぶりに車を運転して疲れたのか、暖炉で部屋が暖かくなったのもあって、大和はソファーでまどろみ始めている。  蒼はわざと黙ってうとうとする大和を見つめた。長い睫毛が濃い影を落としている。ずっと見ていても飽きないくらい綺麗な顔をしている。時にハッとするほど色気のある表情をするから、蒼はその度に胸が締め付けられる。その瞬間蒼はこの人が自分と同じ男だということを忘れ、そんなことなど本当に些細なことだと思える。蒼はそれをとても不思議だと思う反面、とても当たり前のことのように素直に受け入れられる。蒼はこの相反する感情が好きだ。蒼と大和の関係が凄く特別だということを意味しているような気がするからだ。  「んっ~、あ、あれ? 俺寝てた?」  蒼の熱視線が大和に届いてしまったらしい。大和は円らな瞳を瞬かせると、蒼を見つめた。 (この人の目って、どんな宝石よりも綺麗だな。)  もちろんそんな歯の浮くような台詞は言わないけど、蒼は心の中で何度そう思ったか知れない。蒼は大和の目が好きだ。この人の目の輝きを自分はずっと守っていきたい。  でも、もしこのまま自分の欲望に任せ突き動いたら、蒼は大和の目の輝きを奪ってしまうだろうか? ふと、そんな不安が頭を過る。確かに大和を前にすると蒼の理性は簡単に崩れてしまう。ましてやこの誰にも邪魔されないシチュエーションなら尚更だ。こんな状況で自分を抑えることなど、蒼はもう既にできないでいるから。 「ちょっと寒いね。直接暖炉にあたらない? あ、毛布探してくるよ」  蒼はそう言うと、二階の寝室に向かいクローゼットを漁ると、厚手の毛布を二枚持って一階に下りる。 「あったよ。ここに座ろう」  蒼は暖炉の前に敷かれたラグの上にクッションを並べ座ると、大和に蒼の前に座るように促した。大和は恥ずかしそうにソファーから立ち上がると、おずおずと蒼の足の間に座る。二人して毛布を膝に掛けると、大和は早速慣れたように蒼に寄りかかった。 「暖炉っていいな。何か、炎見てると落ち着くよ」  大和はわざわざ蒼に振り返ると蒼を見上げた。その上目遣いが可愛くて、蒼は背後から腕を回すとぎゅっと大和を抱きしめる。 「可愛い」 「はあ? それは言うなって何回言った? 男に可愛いはなしだからな」 「何で? 良くファンに可愛いって言われて喜んでるのに、おかしくない?」 「そ、それとこれとは違うんだよっ。分かるだろう?」 「分かんないな。全然。俺にとって大和さんは可愛いさの固まりだから」  後ろから回した手をするりと動かし、大和の顎に手を添え持ち上げると、蒼はいきなり激し目なキスを落とした。時刻はもう14時を過ぎている。油断をしたらこの貴重な休暇を失ってしまう。蒼は僅かな焦りを胸に、夢中で大和の口腔を犯す。 「ふうっ、あ、蒼……まっ」  大和が苦しそうに蒼のキスを受け入れるその姿に、蒼の加虐心が煽られる。蒼は背後から大和の体を弄ると、ズボンからシャツを抜き取り、素早く上半身に指を滑り込ませた。 「んっ、蒼……やっ……あっ」  蒼は大和の口から流れるように耳に移動させると、そこを愛撫しながら大和の胸の突起を両手で器用に弾いた。敏感な部分に刺激を与えられ、大和は身を捩りながら快感を示すから、蒼の中心は大和の尻の下で、容赦なく硬くさせられてしまう。  「脱いで」  蒼はそう耳元で囁くと、大和が来ているシャツの裾を掴み無理やり引き上げた。大和は戸惑いながら万歳をすると、蒼は構わず首からシャツを引き抜く。 「蒼も、脱げよ」 「嫌だよ。寒いから」 「はあ? 何それ狡いだろう!」  大和は顔を真っ赤にしながらそう言うと、恥ずかしそうに毛布を肩まで引き上げた。 「冗談だよ。待って」  蒼はそう言うと、着ているパーカーを勢い良く脱ぎ捨てる。 「やべっ、筋トレの効果すげー出てるじゃん」  大和は蒼の上半身を見つめながらそう言うと、蒼の腹筋に手を伸ばしそっと撫でた。 「大和さんは? 最近あんまりしてない?」 「……ああ、そうだな。でも俺は蒼の体みたいに格好良くならないから」 「そんなことないよ。大和さんは格好良くて、可愛いよ」 「だから~、それ言うっ」  蒼は、何度でも懲りずに可愛いいを否定する大和が愛おしくて、毛布をいきなり引き剥がすと、ラグの上に毛布を敷き、そこに大和を押し倒す。  「蒼……」 「下も脱いで……早く」  蒼は自分の穿いているズボンと下着を乱暴に脱ぐと、未だグズグズとベルトを外している大和の手をどかし、ズボンと下着を一気に足から引き抜く。 「ちょっ、蒼っ」 「もどかしいんだよ……時間もったいないし」  蒼はそう言うと、大和の上に覆いかぶさりお互いの体を密着させた。触れ合う部分から伝わるお互いの肌の熱に酔い知れ、蒼の頭は眩暈がしそうなほどクラクラする。  「どうしよう……俺このままここに泊まりたい」 「え?」 「明日朝早く出発すれば、余裕で宿舎に着くよね?」 「そうだけど……駄目だ。今日の内に帰ろう。その方がいい」 「どうして? 俺ともっと長くいたくないの?」 (駄目だ、また俺はこの人を苦しめようとしてる……。) 「違う、そうじゃない。ただ、その方が安全だと思うからだよ」 「それ、何か根拠ある? 別に実家に泊まったとか適当に嘘つけばいいだろう?」 「嘘を付くのが辛いんだよ。もう瑞樹の件で懲り懲りなんだ」  大和は苦しそうに目の上で腕をクロスさせると、まるで蒼の視線から逃げるような仕草をする。 「俺の目を見てよ」  蒼は大和の手首を掴むと、床に押さえつけた。 「……嫌だ。お前の目を見ると俺はダメになるんだ。理性が効かなくなるんだよ。俺の方が一晩なんかじゃ済まないかもしれない……」  蒼は大和の言葉が泣きそうなほど嬉しいのに、その言葉に隠れている別な意味を深読みし、それを探りたくなってしまう。 「本当に? 本当は俺に抱かれるのが嫌だから? 時間がない方がそうならずに済むからじゃなくて?」 「ち、違う!」  大和は蒼から顔を叛けると、そう苦しそうに言った。でも、観念したようにゆっくりと蒼に視線を戻すと、その目は蒼を映し出す鏡のように澄んでいて、蒼は思わず息を呑んだ。  「……ああ、ごめん蒼。そうだよ。その通りだよ……」  大和はそう言うと、蒼の手を解こうとするから、蒼は力を込めてそれを拒んだ。 「嫌だ、嫌だよ! 拒むなよ! 俺に抱かれろよ! 大和さん!」 「蒼……」  大和の唇を激しく奪いながら、蒼は同時に大和の胸の突起を指で強く撮んだ。その刺激に感じやすい大和はビクビクと体を震わせる。蒼は、蒼の執拗な愛撫に逃れられず、白い肌を上気させていく大和を盗み見ながら、唇を下へと這わせて行く。 「ううっ、蒼……! やっ、やめっ」  大和は蒼に抵抗しようとするが、もう既にその体は蒼の手によってグズグズに蕩けているから、強く抗うことなどできないはずだ。蒼は大和の綺麗な胸の突起を口に含むと構わず舌で転がした。 「ああっ、蒼!」  交互に舌を這わせながら両方の胸の突起を執拗に愛撫すると、大和の中心に熱が集まっていることは、蒼の肌と直に触れているから嫌でも分かる。蒼はそれに興奮し、自分の唇を下半身へと這わせていくと、蒼は大和の中心を掴みそれを口に含んだ。 「ああっっ、ダメだ! それっ」  口腔内を満たす大和のそれが堪らなく愛おしくて、蒼は自分の舌に集まる興奮の熱が伝わるよう、大和のそれの敏感な部分を、舌を使いしつこく刺激してやる。 「はあっ、ああっ、くっ……うっ」  何度も頭を上下させながら舐め上げると、大和は快感に抗うことができず蒼の愛撫に身を委ねる。  蒼はわざと緩急をつけながら愛撫し大和を焦らす。蒼の手中に落ちている大和は、イキたいのにイケない生殺しの状態に苦しんでいる。蒼は一旦大和のそれから口を離すと、先端を親指で弄りながら、苦痛に顔を歪ませる大和を見つめた。その顔は蒼が今まで見たどの顔よりも艶めかしくて、これまで抱いてきた女性の顔の記憶など遠く薄れてしまうほど、鮮やかに蒼の目に映る。 (どうしよう、俺、この人が本当に好きだ……。)   蒼は大和を食い入るように見つめると、その思いに胸が張り裂けそうなほど苦しくなる。 「ダメだよ……まだイカせないから」 「あ、蒼……うっ、やめっ」  だからこそわざと大和を焦らし、主導権を握りながら、蒼はこのまま欲望に抗わず突き進みたい。 (間違ってない、絶対に……俺は間違ってないんだ……。) 「……バスルーム行こうか? そこで繋がる準備しないと……」  蒼は大和の中心を扱きながらそう熱く耳元に囁いた。 「蒼!……そ、それは無理だって……」 「どうして? 怖いの? 大丈夫だよ……優しくするから」  自分は本当に勝手なことを言っている。でも蒼はこの人を抱きたい。自分のものだという証をどうして今すぐ刻みたい。背徳的な行為だということは十分理解している。でも、この行為が蒼たちの思いを表す最上級の形だとしたら、蒼はそれを絶対に手に入れたい。  蒼は大和を立たすと、毛布を肩に掛けてあげバスルームまで手を引いた。大和は黙って蒼について来るが、その顔は青ざめ、寒いのもあるのか僅かに肩を震わせている。蒼は先にバスルームに入ると、シャワーからお湯を勢い良く出した。 「来て……早く」  蒼は脱衣所で呆然と突っ立ったままの大和にそう呼びかけた。 「蒼……俺は……」  蒼の呼びかけに大和は伏せていた目をゆっくりと上げた。その目はまだ欲望が内包された濡れた目をしているのに、まるで生気が無くて、蒼はそんな大和の目に心が凍りつく。 (そんな目はダメだ。俺はそんな目をさせるためにここに来たんじゃない!)  蒼は脱衣所に戻り大和の手を取ると、浴室に勢い良く引っ張り、二人頭からシャワーを被った。 「好きだ……大和さん、愛してる!」  蒼は叫ぶようにそう言うと、大和に貪るようにキスをした。 「ふんっ、蒼っ……んんっ」  大和は蒼の頬を掴み、蒼の顔をゆっくりと離した。その顔は今にも泣き出しそうな顔をしていているが、本当に泣いているのかシャワーのせいで分からない。 「俺も好きだ……大好きだよ。でも、ごめん蒼……本当にごめん」  大和は絞り出すようにそう言うと、浴室の壁に背中を預けながらズルズルと床に座り込んだ。 「大和さん……泣いてるの?」  大和は膝を抱え座りこむと、顔を伏せながら首を大きく横に振った。 (嘘だ……泣いてる。俺のせいだ。俺が大和さんを泣かせたんだ……。)  蒼はその事実に、今までの自分の感情が、自分も涙となって溢れそうになるのをぐっと堪えた。 「……いいよもう。分かったよ。俺の方こそ……ごめん」  蒼は声を震わせながらそう言うと、大和の脇に手を入れそっと立ち上がらせた。 「今、イカせてあげるね。ちょっと待って」 「やっ! 蒼! もういい! もういいから!」  蒼は大和を壁に寄り掛かせると、抵抗しないよう両手を壁に抑え付け、大和のまだ勃立しているそれを咥えて、執拗に愛撫する。 「ああ、蒼……ううっ、もう、やめてくれ!」  大和は顔を仰け反らせながらそう叫ぶと、自身の欲望を蒼の口の中に放った。    帰りの車の中で大和とした会話が、蒼は宿舎の駐車場に入るまでに忘れてしまうのではないかというぐらいおぼろげなのは、蒼の独りよがりの行動が大和を苦しめてしまったという後悔に、蒼の頭のほとんどが占領されていたからだ。  蒼たちは、あの後夕方には別荘を出た。大和はただ一言「ごめん」と蒼に言うだけで、自分たちのこれからの事には一切触れてこなかった。蒼はそれが不安だったが、ひどい後悔に苛まれていたから、それについて大和を追いつめるようなことはもうしなかった。だから、宿舎に着くまで蒼と大和はまるで核心に触れるのを恐れるかのように、他愛のない昔話をし、本当にどうでもいいような最近あった出来事を黙々と話した。  宿舎の駐車場に入り車から降りると、途中夕食を取ったせいもあり時刻は二二時を回っていた。時間差を付けて部屋に戻ろうとしたが、蒼たちはとても疲れていたから、慎重な判断が麻痺していた。だから、この時間にメンバーと出くわすことはないだろうとお互い都合よくそう思いながら、二人離れがたく寄り添うようにエレベータ―が降りて来るのを待った。 「瑞樹……」  エレベーターの扉が開いた瞬間、大和がいきなりそう口にした。驚いて前を向くと、目の前には瑞樹が立っていた。瑞樹は蒼たちを見つめると、目を丸くしながらあからさまに怪訝な表情をした。 「え? 今帰り? 何で二人一緒なの? え? どこかに出かけてたの?」  瑞樹はエレベーターから降りると蒼たち二人に詰め寄ってきた。  蒼たちは少し寄り添っていたから、二人で外出していた雰囲気を瑞樹に気取られたかもしれない。  蒼たちは不自然に体を離すと、蒼は、蒼の横で瑞樹に疑いの眼差しを向けられ顔を引きつらせながら固まる大和に気付く。瑞樹は蒼ではなく大和に対し、強い怒りを込めたような目で見つめてくる。 「いや~、参ったよ。実家から帰るのに駅からタクシー捕まらなくってさ。そしたら丁度大和さんが通りかかってくれて、俺を乗せてくれたの。こんな偶然なかなかないよな? 瑞樹!」  蒼はわざと明るくそう言い、「そうだよね?」と同意を求めながら大和の肩を抱いた。 「あ、ああ。そ、そうだよ。蒼を見かけた時はびっくりしたよ」  大和は蒼の嘘に乗るのが辛いのか、その声には元気がなく、瑞樹を見つめられず斜め下に視線を落としている。 「そうなんだ、俺てっきり、二人で俺に嘘ついて一緒に出かけたのかと思ってすげーショックだったんだけど、違うんだね? 良かった~。へ~、でもそんな偶然ってあるんだね……」 「ホントだよな。すげーラッキーだったよ。ありがとう。大和さん」  蒼は笑顔で大和の肩を揺らしながら、少し大袈裟にそう言った。 「ははは。良かったな。あっ、俺コンビニに行くんだった! ちょっと行ってくるね!」  瑞樹は笑顔でそう言うと、蒼たちの前から機敏に姿を消した。 「はあ、焦ったよ……」  蒼はそう言い、もう一度大和の肩を抱こうとした。 「やめろ。蒼」  大和はそう言うと、蒼を避けるように距離を取った。 「何で? もう瑞樹はいないよ?」 「違う。そういうことじゃないだろう?」  大和は低い声でそう言うと、あからさまに溜息を吐いた。 「先行けよ、蒼。俺は後から行く」 「は? 何で今更?」 「いいから! ほら着いたぞ」 「チン」と音を鳴らして駐車場の階に着いたエレベーターに、大和は蒼を無理やり押し込んだ。 「大和さん、待って!」 「おやすみ、蒼……」  大和はひどく悲しげな目をして蒼にそう言うから、蒼の心は不穏な空気に一瞬で埋め尽くされてしまう。 (ああ、嫌だ、嫌だよ……。) 何も言えず固まる蒼を余所に、エレベーターの扉は無情にもゆっくりと閉まってしまった……。
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