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囚われの身
またダメだった。頑丈な扉は、何度叩いても開かない。
『幸太、そこで何をしてるのかな?』
眠ったはずのアイツが後ろから無理やり俺を抱き締める。
『おいで。一緒に寝よう。……おい、暴れるなよ。そんなに怖がらなくたって、もう“痛い事”はしないから』
男は妙に甘ったるい声を出し、耳元で“いい子いい子”と息を吹きかける。
あまりの気持ち悪さに俺は力いっぱい暴れ、奴にパンチを喰らわせた。
『……悪い子だね幸太は。でも全然痛くない。むしろ気持ちいいよ』
薄気味悪い笑みを浮かべて俺を持ち上げると、そのまま奴のベッドに転がされる。
『喰っちまいたいぐらい可愛いな。ああ、ヤバイ。幸太の匂いは癖になる』
腹に顔を埋めて俺の匂いを嗅ぐと、上擦った声でひとしきり何かを口走る。
やめろ。これ以上俺に触るんじゃねぇ。
好き勝手に撫で回す手を、噛みちぎってやりたいと思うのに、拘束具がそれを許さない。
何で俺は、こんな奴に近付いてしまったのか。
公園のベンチでうなだれる姿に、つい声を掛けたのが運の尽き。
顔を上げた男が俺を見るなりポロポロと涙をこぼし、
『優しいね。お前は俺のそばに居てくれるかい?』と呟くとそのまま奴に拐われた。圧倒的な体格差になすすべもなかった。
それからは地獄の日々が始まった。
俺が逃げ出さないように部屋に檻を作り、いたぶる時だけそこから出す。
俺に悪趣味な服を着せて、写真や動画を撮った後、また脱がして全身撫で回す。
『こうされるのが好きなんだろ?』
冗談じゃない。勘違いも大概にしろよ。
ある日窓が開いていた。
そこから聞き覚えがある声がした。きっと仲間だ。連れ去られた俺を心配して探しに来てくれたのかもしれない。
急いで外に出ようとしたけれど、奴に捕まり失敗した。
『ダメだよ幸太。外は危険だ。お前は可愛いから悪い奴らに狙われるぞ』
知るかよ。てめぇよりマシだ。ここから俺を出せ。
『何が不満なんだ? 不自由なく暮らせているだろ? お前の為に玩具もたくさん集めたんだぜ?』
俺が欲しいのは“自由”だ。物なんか要らない。
『幸太……許してくれ。こうするしかなかったんだ』
俺に拘束具を付けた後、奴は許しを乞うように繰り返しそう言った。
『少しでいいから食べてくれ。ほら、幸太の大好物だぞ』
“何か”を混ぜたそれを無理やり口に押し込む。
どうせまた、薬が入ってるんだろ?
よく似た錠剤を、お前自身が飲み干す姿を何度も見ている。
『大好きだよ幸太。ずっと俺のそばに居てくれ』
痛い。辛い。痛い。
好きなら何でこんな事をした?
俺の体を無理やり作り変えたクセに。お前も同じ目に遭えばいい。
俺は大事なものを喪った。もう元の俺には戻れない。
『許してくれ、幸太……』
ふざけんな。死ぬまで一生許さない。
○
「お兄ちゃん、幸太が嫌がってるよ。尻尾がバタンバタンしてる」
「あーー去勢したからエリザベスカラー外せなくて機嫌悪いんだよな。ちゅーるあげても食わないし」
「でもお兄ちゃん、最初から嫌われてなかった? 無理やり抱っこしたり猫吸いなんてするから、幸太いつも逃げてたけど」
「いや、あれはスキンシップだよ。幸太はツンデレだから照れてるんだ。あーーすげぇいい匂い。幸太からおひさまの匂いがする」
「……お兄ちゃんさぁ、猫アレルギーなんだから、猫吸いは止めときなよ。薬飲んでまでやる意味がわかんない。
てか、元は野良猫なんだから檻から出して自由にしてあげたら? ちょうど友達がもう一匹欲しがってたし、幸太も一人暮らしのお兄ちゃんより仲間と暮らす方が幸せだと思うよ? だから今度、猫同士会わせていい? きっと幸太も喜ぶーー……お兄ちゃん? なんか顔、怖い……」
「……幸太はもう“俺のモノ“だ。勝手に連れ出したら、いくら妹でも許さねぇからな?」
ーーどうやら俺は、この男から逃げられないようだ。
END
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