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 それから、二人はぱったりと来なくなった。仕事の繁忙期も重なり、次第に彼らのことは頭の隅に追いやられるようになった。何枚目かのカレンダーを捲った頃、知らない番号から電話が掛かってきた。父の友人だと言う弁護士から告げられたのは父の訃報だった。父は風邪を拗らせて肺炎にかかり、姉が病院へ行くことを許さずそのまま……。父はあの時にはもう決めていたのだろう。ちろちゃんに死んだら弁護士さんに連絡するように言っていたらしい。父は私の連絡先を弁護士さんに託し、こうして電話が来た。取り急ぎ実家へ来てほしいということだった。姉のことを考えると、吐き気がした。  実家の門をくぐったところで男性に声を掛けられた。どうやら例の弁護士らしい。これから遺産相続について話をするからと和室に入ると姉とちろちゃんの姿があった。姉は黒い普段着にジーパンという非常識な服装で携帯を弄り、ちろちゃんは制服を着て正座していた。極力姉の方向を見ずにその場に座る。私が座ると弁護士さんは遺言状を読み上げた。実家は姉に、現金等の財産は私に譲ること。ちろちゃんを姉から引き離すこと。虐待の証拠も揃えてあること。そしてもし可能であれば、ちろちゃんを私の元で引き取ってほしいこと。 「はぁ? 意味分かんない。マンション貰っといて意地汚い」  お母さん、とちろちゃんがたしなめるのに舌打ちしながらも悪態をつくのをやめない。 「大体ちろるは私の子供だし。子供産めないからって男に相手にされないんでしょう、女捨ててるわね」  お母さん! と叫んだちろちゃんが吹き飛ばされ、畳の上に転がった。父が遠ざけてくれていた記憶が、走馬灯のように頭を巡る。姉が知らない男の人と絡み合っていた日。お腹を蹴られて床に転がる私。頭上から降る笑い声、笑い声……。その時、弾き飛ぶように私は姉に掴み掛かっていた。初めて姉を殴った。社会的地位とか、世間体とか、どうでもいい。ちろちゃんを守れるなら。あの時の自分を救えるなら。 「ちろちゃんは私が引き取る。認めないなら裁判して社会的に殺してやるから」  では、証拠も揃っていますので後日改めて、と立ち上がった弁護士について部屋を出る。待ちなさいよ! と叫ぶ姉を尻目に駅まで送りますよ、と言う弁護士さんの言葉に甘えて車に乗せてもらう。実家が見えなくなってからちろちゃんと抱き合ってわんわん泣いた。もっと早くこうしていればよかった。これからは強く生きていこう。たった一人の娘を守るために。そう決意して、私は泣き疲れて眠ったちろちゃんの背中をさすった。
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