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「お前の姪のちろるちゃんだ。たまにでいいから遊んであげなさい」 「初めまして、ちろって呼んでください」  よろしくお願いします、と頭を下げる姪だと言う女の子の第一印象は、姉の子供とは思えないくらい礼儀正しいというものだった。当時小学三年生。父が連れてくるまで十年近く、私は姉に子供がいることを知らなかった。つまり、私と姉はそういう間柄だった。  父が説明する漢字の羅列は凡そ人名に使うような漢字ではなかったし、姉の付けた名前だと言う時点で覚える気も起きなかったので、平仮名のつもりでちろちゃんと呼んだ。名前を呼ぶと彼女はふにゃんとした笑顔を見せる。それを見るとこちらもはにかまずにはいられなかった。父はそんな私たちの様子を見て満足したのか、いつものように本を広げた。時折ちろちゃんが話しかけると顔を綻ばせ、慈愛の目を向けて二言三言話す。幸せな時間だった。二人が帰る時にはまたね、と手を振って見送った。  それから、父が私の家を訪れる際には必ずちろちゃんを伴ってくるようになった。二人が来る間隔は徐々に狭まっていった。姉はろくに面倒も見ていないのだろうと甘んじて受け入れた。それはやはり自分に懐いてくれるからであったように思う。そしてどこか過去の自分と重ね合わせていた。  父はちろちゃんと二人で暮らしているわけではない。実家には姉もいる。ただ、私のことを気遣って姉の話をしないだけ。私が彼女に受けた仕打ちを思い出さないように。このマンションの一室を与えてくれたように、遠ざけるだけ。  ある日、いつものように二人が来たのだと思って玄関を開けると、そこには父しかいなかった。ちろちゃんは、と聞くと今日は来ないんだと言った。その時から不穏な空気を感じ取っていたのだと思う。私は父に捲し立てるように話をした。半時間程経っただろうか。話題が尽きかけた頃に、父は話を切り出した。 「お前をろくろく守ってもやれず、挙げ句こんなことを言い出す自分が不甲斐ないが、私が死んだ後にはちろちゃんを養子として育ててくれないだろうか」  頼む、と額を床に擦り付ける父の姿を私はただ見ていた。私は返事をすることが出来ないまま立ち尽くした。そうしていくらか経つと、父はただ一言すまないと言って出ていった。
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