第一章 人魚のマリー、登場!?

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第一章 人魚のマリー、登場!?

「フラン、また無駄に汽笛を鳴らしたな」  隣の席に座って火の番をしていたディックが、顔をしかめた。  うっ、言われると思った。 「あれは……ほら、通りますよ~って合図じゃん」 「うるさいんだよ、必要最低限にしろ。オレは人間と違って耳がいいから」 「ハイハイ、わかったって」  うるさいのはディックの方だよ。ほんと、口うるさいんだから。  小さな声でつぶやいたつもりだったけれど、ディックのとがった耳がぴくりと動いた。もう、地獄耳!  まあ、ディックの耳がいいのは当たり前のことだけどね。  白銀の毛並み、鋭いキバとツメ、高い鼻、そしてつんと立った獣の耳。ディックはオオカミ族と人間のハーフだ。だから耳も鼻も、わたしたち人間よりもはるかに利く。  ディックは、なおもジトッとした視線を、わたしに投げかけていた。それから逃れるように、操縦かんを握り直す。 「速度上げるよ。火、ちょうだい」 「ハイハイ、わかったって」  わたしの言い方をなぞって返事するディック。口もとには、にやり笑みをたたえていた。  もう、マネしないでよ! 性格がわるい!  ……でも、性格がひねくれているとはいえ、炎魔法の腕はいいんだよねぇ。 「炎よ」  ディックが小さく呼びかけると、右手の中にボッと炎が灯った。魔法でつくり出した橙色の炎を、運転席のそばにあるかまど――火室に送り込んだ。ムーンライト号は速度を上げて走る。車窓から見える景色が早送りになった。  わたしたちの機関車――ムーンライト号は、魔法機関車だ。  たぶん、機関車というと、みんなが最初に想像するのは、蒸気機関車だよね。水と石炭を燃料に蒸気をつくって、白い煙を吐き出して走るアレ。  でも、ムーンライト号の動力は、ちょっと違う。石炭の代わりに蒸気をつくるのは、ディックの炎魔法。煙突から噴き出す煙の色は、虹のような七色。だから街の人たちは、ムーンライト号を「魔法機関車」と呼んでいる。  で、その魔法機関車に乗ってるから、わたしは「魔法機関士フラン」ってわけ! 「……ん?」  車窓から外を見ていると、どこまでも続く草原の遠く前方に、何かが落ちているのが見えた。落ちてるっていうか、あれは……人が倒れてる? 「緊急停止―!」  とっさの判断でブレーキをかける。キイイイイイッ! と機関車の車輪と線路が擦れ合う音がした。ディックがあわてて耳をふさいで、わたしをにらむ。 「フラン……お前マジメにやる気あるんだろうな!?」 「失礼な、あるに決まってるでしょーが! でも、あんなの見たらほっとけないじゃん」 「あんなの?」 「ほら、誰かが倒れてる!」  完全に停車したことを確認してから、運転席を飛び降りた。線路のそばに倒れているその人に駆け寄る。長い髪を見るに、どうやら女の子のようだ。薄汚れた外套にくるまって、うつぶせになっている。 「ねえ、大丈夫!?」  声をかけてみるが、返事はない。  ていうか、返事どころか、ピクリとも動かないんだけど! この子、もしかしてかなりあぶない状況なんじゃ……!? 「フラン、急がないと遅延するぞ」 「ディックー! どうしよう、この子ぜんぜん反応がないよ!」  動揺のままに叫ぶと、窓からこちらを眺めていたディックの顔色も変わった。女の子のかたわらで途方に暮れているわたしのもとに飛んできて、鋭いツメで傷つけないように、注意深く抱き起こした。 「ねえ、大丈夫かな……!?」 「落ち着けって、息はしてるから」 「そ、そっか」  改めて女の子をよくよく観察すると、かすかな呼吸音があった。歳はわたしと同じか、少し上くらいだろうか。肌が透き通るように綺麗で、涼やかな印象の女の子だった。でも、その顔も今は青白い。亜麻色の長い髪も、バサバサに痛んでしまっている。 「なんでこんなところに倒れてたんだろう?」 「ケガでもしてるんじゃないか。フラン、ちょっと外套脱がせてみろよ」 「脱がせるぅ!? ディック何言ってんの!」 「変な意味じゃねえよ、ケガしてたら手当しなきゃだろ! オレはあっち向いてるから、ちょっと確認してくれ」 「なんだ、なるほどね……」  先走ったこっちの方が、なんだか恥ずかしくなってきたじゃん。まぎらわしい言い方しないでよね。  なんて思いながら外套に手をかけたところで、女の子のざらりとした体に触れた。……ざら?  おそるおそる服の下をのぞくと、女の子の下半身は、青光りするうろこでびっしりと覆われていた。海のにおいが鼻をかすめた。 「ねえねえ、ディック」 「なんだよ、早くしろって。次の駅の停車時間が迫ってるんだぞ」 「あのさ、この子、魚だよ」 「は?」  振り向いたディックは、女の子の足が二股に分かれていないのを見て、言葉を失った。  女の子には足がなかった。私たちの足に当たる部分には、その代わりに、魚のようなうろこと尾びれが存在していた。  顔を見合わせる。ディックの金色の目の中には、困惑するわたしの顔が映っていた。  この子……もしかして人魚?
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