第一章 人魚のマリー、登場!?

2/6
前へ
/32ページ
次へ
 ムーンライト号は、水と、ディックの炎魔法の熱を使って、蒸気を生み出す。  蒸気って、ぱっと見るとただの白い湯気だけど、実はとんでもないパワーを秘めてるんだよ。大きな車輪を回して、汽車を走らせちゃうくらいのね。  そういうわけで、ムーンライト号は大量の水をタンクの中に積んでいる。干からびかけた魚……もとい、人魚に分けてあげられるくらいの水なら、あるってこと。  人魚の女の子は、運転席の後ろに用意した水入りバケツに、尾びれの先をひたされたまま、眠り続けていた。心なしか、顔色がよくなってきた気がする。  人魚の女の子が寝ている一方、わたしたちは、尋常じゃないくらいに急いでいた。 「おいフラン、もっとスピード上げろよ! このままじゃ次の停車に十分遅刻だぞ」  手のひらから炎を噴き出させて、火室の中へ送り込みながら、ディックが怒鳴る。火室という運転席の横についている穴に炎を送り込むことによって、蒸気をつくり出しているのだ。そして、その蒸気を操ってムーンライト号を走らせるのが、わたしの仕事。そう、操縦はわたしの持ち分だ。 「なんでディックが命令すんの! 操縦するのは、わ・た・し!」 「じゃあ聞くけど、誰のせいで遅刻してると思ってるんだ?」 「倒れてる人がいたら、助けるのは当然でしょ?」 「そもそも、おまえが出発ギリギリまで昼飯にがっついてたから、余裕がないんだろ!」 「何よ!」 「事実だろ!」  目を吊り上げるわたしと、低くうなるディック。お互いににらみ合いながら、わたしはスピードをギリギリまで上げ、ディックは炎の勢いを増した。 「制限速度は守れよ」 「そっちこそ、火室ごと溶かさないでよね」  ふんっと鼻を鳴らして、運転に集中する。ディックとは幼なじみで、小さい頃から家族同然で育ったけれど、言い争いはしょっちゅうだ。周りからは、な・ぜ・か、仲良し扱いされてるけど。  車窓の景色は、目まぐるしく変わっていく。おだやかな一面の草原地帯を通り過ぎると、だんだん街に近づいてきて、民家がちらほらと見え始める。車窓から気持ちのいい風が吹き込んできた。機関士の帽子が飛ばされないように、深くかぶり直す。  駅に近づいてきたので、徐々にスピードをゆるめる。ホームが一つだけの、小さな駅が見えてきた。 「二時十分だ。五分の遅延に縮められたな」  懐中時計を確認し、キバを見せてにやりとするディック。わたしもつられてにやりと笑った。 「まっ、わたしの運転テクにかかればこれくらい余裕だよ」  ディックとの言い争いはしょっちゅうだ。……だけど、コンビネーションは意外にもわるくない。  無事に駅のホームに停車すると、駅員さんが出迎えてくれた。ムーンライト号が運んできた荷積みの車両から、次々と物資が降ろされる。この作業が終わったら、今度は終点の街まで残りの荷物を運ぶ。今日の仕事は、それでおしまい。  窓から作業の様子を横目で見ていると、後ろから「う~ん……」と、か細い声が聞こえてきた。はっとして振り返ると、人魚の女の子が目元をこすりながら起き上がっていた。 「う、う~ん……干からびちゃいますぅ、水、みずぅ……」  ……まだ寝ぼけてるみたい。水の入ったバケツの中で、水を欲しがってるし。 「大丈夫? 水ならすぐそこにあるよ」  声をかけると、女の子の目がゆっくりと開かれた。深海みたいな深い青色の瞳が、わたしをとらえる。 「あ、あれ? あたし……あっ、水!」  やっと水につかっていることに気がついた女の子は、目をかがやかせて、透明な液体をすくい取った。 「よかったぁ、あたし水がないとダメなんです。あやうく干物になっちゃうところでしたぁ」  干物って……本物の魚じゃないんだから。 「ねえ、あなたの名前は? どうしてあんなところに倒れてたの?」  わたしの問いかけに、ディックもうなずいた。 「人魚族の住処は、ここから遠く離れた西の海のはずだ」 「ええっと、あたし、人魚のマリーっていいます。たしかに、住んでたのは西の海だったんですけど……って」  わたしからディックへと視線を移したマリーは、はたと固まった。 「お」 「……お?」 「お、お、オオカミ族ぅぅぅ!? ごめんなさい食べないで~! あたしぜんぜんおいしくないですからぁ~!」  突然、尾びれをばたつかせて悲鳴を上げたマリーに、わたしもディックもぎょっとした。 「は!? 誰が食うかよ!」 「落ち着いてっ、水が跳ねるって! ディックが好きなのは豚肉だから! 魚肉は三番目くらいだから!」 「フラン、おまえそれ、フォローになってない……!」 「えっ?」 「食べないでください~~~~!!!」  マリーの涙まじりの悲鳴が、小さなホームに響き渡った。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加