第一章 人魚のマリー、登場!?

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「あの、取り乱しちゃってすみません。ちょっと混乱してて」  やっと誤解が解けて落ち着くと、マリーは恥ずかしそうにバケツの陰に縮こまった。  ひとまず、落ち着いてよかった。駅員さんたちが何事かとこっちを見ていたし。 「お二人の名前を聞いてもいいですか?」  そういえば、わたしたちは自己紹介がまだだったっけ。 「わたしはムーンライト号の機関士のフラン、よろしくね。で、こっちはオオカミ族と人間のハーフで」 「ディックだ。機関助士をやってる」  ディックは人食いオオカミ扱いされたことに、まだ少しむっとしていた。  オオカミの目つきって、ただでさえ怖いんだから、もっとニコニコすればいいのにね。ディックはハーフだけど、見た目はほぼオオカミ族だし。  マリーはわたしたちの自己紹介に、小首をかしげた。 「きかんし? きかんじょし? って、なんですか?」  そうたずねられてから気がついた。  そっか。海に住んでいたマリーからしたら、機関車のことなんて、ぜんぜんわからないよね。 「機関士は、機関車の運転手のこと。ここで速度の調整とかをしたりするの」  機関士席から半身で避けて、操縦のためのたくさんのレバーやスイッチを見せると、マリーは「すごい……!」と声を上げた。そう言われると、自分が褒められたような気分になって、ちょっと誇らしい。 「機関助士は、火を起こして蒸気をつくるのが主な仕事かな。ね、ディック?」 「あとはまあ、フランのお目付け役とかをもろもろやってるかな」 「何よ、お目付け役って」  まるで、わたしがいつもやらかしてるみたいな言い方なんですけど?  そうこうしているうちに、荷降ろしが終わったと、駅員さんが伝えに来てくれた。おしゃべりはいったん切り上げて、発車に向けて準備をする。 「さて、もう一駅で今日の仕事も終わりだ。フラン、気を引き締めていくぞ」  もちろん、言われなくても!  レバーやメーターの目盛りを指差し確認して、わたしは意気揚々と宣言した。 「ムーンライト号、発車!」  ここが鳴らし時と言わんばかりに、勢いよく汽笛を鳴らした。  ***  小さな村の駅を発車すると、風景はさらに都会的になってきた。レンガ造りの橋を渡ると、目的地まではあと少し。 「それで、改めて聞きたいんだけど」  ディックは炎の様子をうかがいながらも、マリーに問いかけた。 「なんであんなところに倒れてたんだ?」  そうそう、それは私も気になってたの。だって、人魚族のマリーには足がないじゃない。どうやってここまで歩いてきたんだろう? 「えっとぉ、それはぁ……」  なぜか、マリーの歯切れはわるかった。ちらりと後ろを見ると、水を浴びてうるおいを取り戻した髪をいじりながら、答えあぐねているようだった。 「……迷ってきちゃった、みたいなぁ」 「迷った!? 迷ってこんな遠くまで来たの?」 「えへへ……あたし、陸地って初めてだから」  迷うって、南の海からここまでは、かなりの距離があるんだよ? 方向音痴にしても、限度ってものがあるでしょ。 「で、帰る算段はあるのか?」 「えっと、トムス川をずっと上っていけば、いずれは故郷には着くんですけど、この時期のトムス川って人食い魚が凶暴化してるんで、しばらくは無理なんですよねぇ……」  ああ、毎年この時期になると、釣り人をケガさせることで問題になってるよね。  そうなると、マリーはしばらく故郷に帰れないってことか。ふむ。 「だったら、帰るまでわたしたちのところに来ればよくない?」 「え?」  ちらりと後ろを盗み見ると、マリーは海色の目をまん丸にしていた。海水が今にも零れ落ちてきそうなほどだ。 「で、でも、なんで出会ったばかりのあたしに、そんな親切にしてくれるんですか?」 「別に大したことじゃないよ。乗りかかった機関車だしね」 「それを言うなら『乗りかかった舟』だろ」  細かいことはいいんだって。 「心配しなくても大・丈・夫! 天才機関士のフランちゃんに任せて!」 「おまえはまた勝手に物事を進めて……」  オレたちは下宿して部屋を借りてる身だってわかってるのか、とディックはため息をつく。 「でも、なんだかんだ言って、ディックもいっしょに頼み込んでくれるんだよねぇ」 「あー、もう、勝手にしろ」  ディックはしかめ面でそっぽを向いた。でも、ディックも行き場のない人を放っておけるタイプではないのを、わたしは知っている。 「ディックもね、カリカリしてるけど、実は結構頼りになるんだよ。だから安心して?」 「誰がイラつかせてんだよ。……まあ、そういうことだから、遠慮すんな」 「フランさん、ディックさん……!」  ズズッと鼻をすする音がしてぎょっとする。急にどうしたのかと思ったら、マリーの両目からぽたぽたと大粒の涙があふれ出した。  えっ、なんで泣くの!? 「うう、ごめんなさい。あたし、感激しちゃって……び、びえ~~~ん!」 「何、その独特な泣き方!?」  なんか、意外。わたし、人魚族ってもっと物静かで大人っぽい人だと思ってたよ。人魚にもいろんな人がいるってことか。 「見えてきたぞ、もうすぐ終点だ」
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