第一章 人魚のマリー、登場!?

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「えっと、ここはどこですかぁ?」  ひょっこりと窓から顔を出して、辺りを見回すマリー。ディックは「水を用意してくる」と言って、工場の奥へ引っ込んでいったので、わたしはマリーに手を貸して、機関室から出してあげることにした。 「ここは『トレイシーの整備工場』。ムーンライト号の整備担当の工場兼わたしたちの下宿先ね」  この工場の二階に、ディックといっしょに一部屋を借りてるんだよね。部屋内では日々、陣地争いが起きてるけど。 「で、あの人が工場長のトレイシー」  トレイシーは早くも、ムーンライト号の点検を始めていた。マリーはじっとその姿を見つめて、「カッコいい人ですね」とこぼした。ああ、なるほどカッコいいね……はい? 「か、かっこいい? トレイシーが?」 「はい、そう思いませんかぁ?」 「いやいやいやいや思わないから」  まあ、たしかにトレイシーは美形だよ。サラサラの金髪もキレイだし、スタイルもいいし。見た目はカッコいいかもしれない。でもさあ、「変人エルフ」と名高いトレイシーだよ? 「あのさ、トレイシーはやめた方がいいと思うよ」 「ええ~、あんなにカッコいいのになんでですかぁ? ……あっ、まさか、フランさんもトレイシーさんのこと……?」 「あ・り・え・な・い! 変な勘違いしないでよ!」 「じゃあどうして?」  そんなの、見てればわかることだよ。  そんな話をしていると、車体の点検をしていたトレイシーが、「ああっ!」とすっとんきょうな悲鳴を上げた。ほら、始まったよ。 「なんだね、この車体の傷は! 嘆かわしい……ミス・ムーンライトのつややかな肌になんてことだ……! ああ、悲しまないでおくれ、いとしのムーンライト! それでもきみの美しさが損なわれることはないのだから!」  空色の車体の表面に頬ずりをするトレイシー。顔が砂ぼこりやすすで汚れても、お構いなしだ。  変人エルフのトレイシーは、根っからの機関車オタク。これはこの辺りの住民の中では有名な話だ。特にムーンライト号への愛はすさまじく、暇さえあれば物言わぬ機関車に向かって愛をささやいている。  人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、さすがにトレイシーは度を超えてると思うよ、わたしは。  トレイシーが大騒ぎしている中、ディックが隣の部屋からホースを引っ張って戻ってきた。洗車用の大きなバケツに、水を溜めるつもりみたい。 「またトレイシーのヒステリーか。今回は何があったんだ?」 「どうしたもこうしたもないさ! きみも機関助士ならミス・ムーンライトに傷をつけた責任の一端を担っているのだよ!」 「はあ? なんの話だよ」 「ここだよ! ほら、この傷!」  傷くらいでそんな、大げさな。運転してるんだから、小石が弾け飛んだり、木の枝にすれたり……もしくは、不注意でちょ~っとぶつけちゃったりすることくらい、よくあることじゃん。  トレイシーが示した車体の傷を眺めていたディックは、突然、何かを思い出したかのように、ポンと手を打った。 「これ、今日ついた傷だな。田舎駅の子どもたちと遊んでたフランが、ブリキの飛行機をぶつけた時のだ」  ちょっとちょっと、ディック!? なんでそんな余計なこと言うの! 「……なんだって?」  うわ、これはまずい展開。  ゆらり、とトレイシーが振り返った。その背後には、メラメラと燃えたぎる炎の幻覚が見える。一歩、また一歩とわたしを追い詰めながら、両手を前に掲げた。  ま、まさか、魔法を使う気じゃ……! 「水の精霊たちよ、我が怒りに応えたまえ……!」 「ちょ、トレイシー? いったん落ち着こ? ねっ?」 「フラン、きみというやつは、ミス・ムーンライトの専属機関士でありながら……覚悟しろ、このポンコツ機関士め~~~!」 「わるかったってば~~~!」  トレイシーの手のひらから発生した大きな渦潮は、ものすごい勢いでわたしの方に迫ってきた!  バッシャ――ンッ!
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