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「おまえ、直撃してたじゃん。だっせーな」
濡れねずみになったわたしを見て、ディックは白銀の尻尾を上機嫌に振りながら、笑っていた。
むっか~! 誰のせいだと思ってるの!
「ディックが余計なこと言うからでしょ!」
「事実だろ?」
にやり、としたり顔のディック。さては、わざとだな!
いつもは常識人ぶっているくせに、たまにこんないたずらをするのだから、ディックは本当にたちがわるい幼なじみだ。
「あーあ、これでわたしが風邪でも引いたらディックのせいだからね。その時は、わたしの分まで二倍働いてもらうから」
「フランの自業自得だけどな」
「『触らぬエルフに祟りなし』って言葉、知らないの? 黙ってればバレなかったじゃん!」
「それを言うなら『触らぬ神』だろ」
まあ、そうとも言うけど。
しかし、なんだかんだで面倒見のいいディックは、わたしの髪を乾かしてくれるつもりらしかった。ディックが「炎よ」と小さくささやくと、オレンジ色の炎の球体が現れた。
「うちの機関士は世話が焼けるな」
ディック、口ではそう言いながらも、なんでちょっと楽しげなの?
一つ、二つ、三つと灯った炎の球は、くるくると回ってわたしを包み込む。魔法でつくられた特別な炎は、触っても熱くない。それなのに、髪も服も乾いてくるのだから不思議だ。
認めるのは少しくやしいけど、やっぱりディックの炎魔法って、すごい。わたしも「魔法機関士」を名乗ってるくらいだから、魔法は使えなくもないんだけど、あんまり得意じゃないんだよね。わたしもディックも、同じ先生に魔法を教わったんだけどなぁ。
そんなことを考えながら機関士服のすそを絞っていると、トレイシーが急に振り返った。思わずギクッとする。ま、まだ怒ってるの?
「フラン、おつかいを頼まれてくれないか」
「お、おつかい?」
一瞬、身構えたけれど、さっきの一撃でトレイシーの気は済んだらしかった。上着のポケットからメモを取り出して、片目をつぶった。
「頼まれごとを聞いてくれたら、この件もチャラにしてやろう。さあ、汚名をすすいできたまえ」
メモを開くと、得意先の部品工場で買うものが細かく記載されていた。ネジや歯車、その他何やらすごそうな機械類。わたしにはよくわからないけれど、この品番の数字を伝えれば大丈夫なのだろう。さらにメモの右下には、走り書きで何やら付け加えられていた。
よっぽど急ぎの品があるみたい。どれどれ……?
『ユニコーン食堂のクリームシチュー、オリーブサラダ、イチゴのタルト』
って、出前の注文じゃん! 完全にわたしを使い走りにする気だよ。
……でもまあ、これくらいでトレイシーの機嫌が直るなら安いもんか。外に遊びに行きたいなって思ってたところだし、ちょうどいいかも。
「よし、じゃあ行くよディック」
「なんで当然のように、オレも行くことが決定してるんだよ?」
あったりまえでしょ。かよわ~い女の子に荷物を運ばせるつもり?
「ねえ、マリーも行こうよ」
「へ?」
バケツから顔をのぞかせて、わたしたちのやりとりを眺めていたマリーは、海色の目を丸くした。自分に話が振られるとは思ってもいなかったようだ。
「あたしもですか? で、でもぉ、あたしは自分では歩けないし」
「そんなの、台車に水バケツごと乗せていくよ。で、それをディックが押していく」
「おい」
「別にいいでしょ、オオカミ族は力持ちだし」
「……まあ、いいけど」
「で、でもでもぉ、あたしみたいな人魚って目立っちゃうしぃ……」
なんだ、そんなことを気にしてたの? それなら、まったく問題ないよ。
「そんなの、ギア・タウンでは気にしなくていいんだよ」
マリーの瞳の中に、得意げに笑うわたしの顔が映し出された。
「ほら、いっしょに行こう!」
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