エピソード ~中学時代1~

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エピソード ~中学時代1~

ー  時は遡って十数年前  ー クラスメイトすらほぼ認識しないまま中学入学式直後に盲腸で入院し、完全に出遅れ状態と化した忍は自分のツキの無さ呪いながら、少なくとも1年間はおひとりさまかと教室の前でため息をついた。 そもそも陰キャで小学生時代も、話しはしても友達と呼べる相手はいなかった。今回の出来事も出鼻をくじかれた感は否めなかったが、いつものことだと気を取り直し、下手に視線を合わせないよう伏し目がちに教室に入った。 「押原だよね?体調良くなったの?」 まさか登校当日、声をかけてくれる生徒が現れるとは。 しかも、なぜ声をかけたのか疑問に思えるような面倒くささが声質から滲み出している。 どのように反応してよいかわからず、ついその声の方に視線を向けた忍はそのまま固まった。 数人の男女生徒に囲まれるようにして声の主、高梨美賢はこちらに視線を向けていた。 世界が色づいて見えるなんてよく言ったものだ。 背景に花々が咲き乱れている幻覚を見た。 ―美しい。 忍とは住む世界が違うと直感的に認識したが、一目見て惹きつけられた視線は美賢からはずせないでいた。 これまで出会った中には整った顔の人ももちろんいたが、ここまで忍に強烈な第一印象を与える容貌、雰囲気を持つ人物はいなかった。 小さな頭に、整った顔。すらっと伸びた手足。座っていてもスタイルの良さがわかる。周りにたむろする小学生上がりの大人ぶった子ども達とは違う、面倒くさそうな薄茶色の切れ長の瞳が印象深く美しかった。 格が違う。美賢の佇まいがそう物語っていた。 「?…おい。」 「!う、うん…」 「でね、美賢くん…」 取り巻きが美賢に話しはじめ、美賢は視線を忍からはずした。 その瞬間、忍は透明人間になったようにその場の空気と化した。 忍は事前に担任に教わった席に腰をおろした。                 *** あれ以来、忍は美賢から目が離せなくなった。 美賢を見ていて理解したことは、明らかに周囲と壁を作っているということだった。 だが、コミュニケーションをとらないというわけではない。話しかけられると、面倒くさそうな声質で受け答えしてはいた。 どうやらそれが美賢の通常運転らしい。 なので人を寄せ付けないということではなく、むしろ美賢の周囲にはいつも人がいた。 そのメンバーは固定の数人と、カーストトップの男女生徒ばかりだった。 勉強も運動もできるイケメン君にコミュ力高過ぎイケメン君、センス抜群の男の娘、モデル女子にギャル、クールビューティー。 自クラスだけでなく、他クラスのカーストトップの生徒も休憩時間になると美賢の元に集まってきた。 閉塞感のある学校という中で、なろうとしてなれるものではないカーストトップ。そのメンバーが美賢を中心に集まっていた。 忍が近づこうにも到底近づける相手ではなかった。 つまり、美賢は最上級の存在としてカーストに君臨しているようだった。 忍はそれが我が事のように誇らしかった。 そしてその光景は、忍にとっては光に集まる蛾のようにも見えた。美賢という得られるはずもないものを得て自分を高めようとする無意識の巣窟。 美賢自身もその状況を鬱陶しく感じているように思えた。 ー僕に力があったら、鬱陶しく飛び回るあんな蛾共なんて、すぐに排除してあげるのに。   美賢とその取り巻きを見て、ふいにそんなことを思った自分に忍は驚いた。そして納得すらした。あのような美しい者は俗にまみれてはいけないのだ。 ふいに美賢が感情の読み取れない瞳で忍を見た。 見つめ合う形になった忍は慌てて視線をはずした。 そんな少しの出来事に忍の胸は高鳴り、落ち着かせるために席を立つのであった。                 *** 美賢には常に彼女がいた。 彼女らにとって、美賢との交際がステータスのためかそれとも純粋な好意によるものかはわからなかったが、どの彼女も付き合いはじめは浮かれ、そのうち表情に焦りの色が出始め、悲しみそして怒りながら、だいたいは数週間で別れていった。長持ちしても数か月という短さだった。 どうやら美賢はそんな彼女らを気にも止めていない様子だった。来る者は拒まず、そういうスタンスなのだろうか。付き合うことに受動的だった。 告白されると付き合った。彼女らのお願いも聞いてくれてはいたが、美賢が彼女らに興味を持っているようには見えなかった。 その様子を間近で見ていた賢い取り巻き女子達は、彼女の座につくような愚かなことはしなかった。 以前、交際中の彼女に、別の女子から告白されたけどどうするかを尋ねて、盛大にほっぺを叩かれていたこともあった。 美賢は隣にいるのを許容している。ただそれだけだった。 美賢は生徒に分け隔てなく同じように接していた。 美醜や陰キャ、陽キャ関係なく、対応は同じだった。それを好感されたのか、それとも学力の高さが認知されていたのか、ただのカリスマ性なのか、美賢は学級委員長に推され、その役を引き受けていた。 登校初日の忍にあえて声をかけてきたのも、学級委員長という役回りのためだったのだろう。用がないのに美賢が誰かに声をかけるところを見かけたことがなかったから、そのことを理解した時は、あの時の声かけが腑に落ちた。 忍の目からは、ただどうでもよい存在を都合よく手のひらで転がしているようにしか見えなかったが、自分だけはそんな美賢のことがわかっているのだという優越感にひたることができた。 ー僕なら、空気を読まずに美賢の近くにいるなんてこと絶対にしないのに。 美賢への理解に対する自負が忍にはあった。 中学1年生も終わりになる頃には、何度も美賢と目があうようになっていた。 そのたびに忍は視線をそらし、美賢はそれ以上何もアクションしてこなかった。                 *** 中学2年も相変わらず学級委員長の美賢と忍は同じクラスになったが、初登校日以降、二人が声を交わすことはなかった。 学年が上がっても忍は無意識に美賢を目で追うことをやめられずにいた。 忍の視線に恐らく美賢が嫌悪しているのだろうことを理解はしていたが、なんせ無意識化の行為のため、自身を制御できずにいた。 反面、美賢にとって取るに足らない存在でしかないと認識している忍であったので、時折、美賢の視界に自分が入っているという事実が忍を満足させていた。 美賢も忍の視線を受けて、ふとした拍子に忍に視線を向けること以外、特段何をするということもなかった。 もうすぐ夏休みだという頃、忍は美賢の違和感に気がついた。 いつも興味もなく何かを見ているようで見ていない美賢の瞳が何かをとらえているように見えたのだ。 はじめは勘違いかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。 常に美賢を目で追っている忍にしかわからないような小さな変化だった。 美賢が視線を向ける先に嫉妬のようなものを覚えながら、忍がその興味の先を追うと、それは一人の女生徒だった。 気のせいかと幾度となく視線を追ったが、その先にはいつもその女生徒がいた。 永峰蛍という名の女生徒はいつも俯きがちだった。 腰まである黒のロングヘア―で黒縁眼鏡をかけており、長い前髪が目を隠していて表情が読み取りづらい。 大きめのセーラー服を調整もせずにそのままダボッと着ていて、ひょろっとした細身で女子にしては高身長であることを隠そうとするかのような猫背姿が、余計にうだつの上がらない印象を与えていた。 その容姿と無口な性格が原因なのか、クラスメイトからは陰で『黒子』と呼ばれていた。女子達が、陰口をたたいているのを通り過ぎざま聞いたこともある。 何にも興味を示さなかった美賢の瞳がその『黒子』=蛍を追っている。 その事実に忍は衝撃を受けた。 ーあんな陰キャな女子、美賢様が興味を示されるわけがないんだ。  !そうか、以前こんな僕に声をかけてくださったのと同じで、  学級委員長のお仕事をされているのかもしれない。  きっと担任から、あのいついじめに合うかわからない嫌われ陰キャ  女子を気にしてあげろとでも言われたんだろう。  そうじゃないと、おかしい。きっとそうだ、そうに違いない。 衝撃が去った忍は冷静に、蛍を見る美賢を注視するが、彼女を追う瞳からは何の感情も受け取れなかった。 忍は自分なりに納得させ、蛍への興味を無くした。 しかし、美賢の視線が蛍に向かう都度、嫉妬が心を渦巻くのであった。
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