6人が本棚に入れています
本棚に追加
ー大切にしてね…きっとあなたの支えになってくれるから…ずっと一緒にいてあげられなくてごめんね…ー
お、かあ、さん……?
行かないで…ひとりぼっちはいやよ…。
頬を伝う温かい感触に、アイヴィーはゆるやかに覚醒する。老婆が亡くなったときですら、アイヴィーはあまり泣かなかった。いろいろと手続きがあり、やらなければならないことに忙殺されて、そんな余裕がなかったからかもしれない。
ましてや夢を見て泣くなんて、ほとんどないことだった。
あの夢の人は本当にお母さんだったのかしら…。
でも、もし本当なら…。
母の記憶がないアイヴィーにとっては、今朝はなんだかふわふわして幸せだ。
手にも柔らかくて温かい感触がある。思わず頬を擦り寄せて微笑んだ。
そういえば、昔大切にしていたぬいぐるみがあったなあ…今は失くしてしまったけれど…。
…ところでいま私が触っているのはなんだろう。
「ん……」
もふもふもふ。
「…おい」
もふもふもふ……はっ!
「目が覚めたなら起きろ。そろそろ離せ」
するり、ともふもふふさふさがアイヴィーの手から擦り抜けた。
だ、誰っ?!
ぱちり、と目をひらくと、美しい獣の耳を持つ男が間近で覗き込んでいた。
猫のような目を驚きに見開く。
「きゃああああああ!」
「煩い」
「もがっ」
悲鳴を上げた口を大きな手のひらで塞がれる。
見開いた大きな目を一度ぱちりと瞬くと、男の手を振り払って急いで後退りすると急に身体が宙に浮く感触がした。
「うぎゃっ」
身体を床に打ち付けて悶えるアイヴィー。
どうやらアイヴィーは自室の寝台で寝ていて、たった今転げ落ちたようだ。
「阿呆なのか、お前は…少しは落ち着け」
え、誰…?ま、まさか、ご、強盗?!
「もう忘れたのか、俺の封印を解いたくせに」
はっと息を飲み、ようやくアイヴィーは顔をあげた。
裸の男ー先程カイ、と名乗っていたーが寝台に腰掛けて、腕組みをしながらこちらを見ている。
その煌めく白銀の髪には同じ色の狼耳がついており、美しく割れた腹の横からふさふさとした何かー尻尾であるーが覗いていた。
そうだ、私、こいつが急にブローチの石から出てきて、びっくりして気を失ったのね…。
「もしかして、私、さっきあなたの尻尾を触ってた…?」
「撫でまわしていたな」
は、恥ずかしい…。
っていうか。
「なんであなたがここにいるのよっ。女の子の部屋に勝手に入るなんて最低…!あと早く服を着て!」
アイヴィーは服をちゃんと着たままだったし、他にも言わなければならないことはたくさんある気はしたが、何となく毛布を胸元に引き寄せながら顔を真っ赤にして叫んだ。
ばさり、とシーツを男に投げつけ、ついでに枕も投げつける。
いくら美しい身体をしているからって、乙女は男性の裸を無闇矢鱈と見たいわけじゃない。
しかしカイは鬱陶しそうに投げつけられたシーツや枕を払うのみだ。
「言っただろう、俺はいにしえの大いなる獣だ。人間の服など着ない」
はあ?変態じゃない、露出狂。
「それにお前がいきなり倒れたからここへ運んでやっただけだ。礼があってもいいのではないか?」
おもむろに寝台からおりて、アイヴィーへ近づいてくる。全裸で。
「ひっ」
切れ長の瞳は意地悪そうに細められ、薄いくちびるは緩く弧を描き、ちらりと鋭い犬歯が覗いた。
アイヴィーの顎を長い指で掴み、凄みのある美しい顔を近づける。
「わ、悪かったわ…!運んでくれてあり、ありがとう…!」
お願いだから離れて…。
恥ずかしさでいっぱいになったアイヴィーは震えながら答えた。
「ふん、もう少し遊んでやろうと思ったんだがな」
勘弁して。
最初のコメントを投稿しよう!