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その一年前
「今年の夏休み、どうします?」
達也が電話で、そう聞いてきた。なにを言いたいのか、ボクには分かっていた。
「ねえ、キャンプしましょうょ」
「おぅ、いいね。やろうぜ。場所は長野・山梨辺りがいいかな」
「いいっすねぇ、山なら涼しいし。焚き火しながら、星空を見ましょうょ」
今からちょうど一年前、ボクは名古屋事務所に勤務していた。達也は東京の本社にいる。その中間地点のキャンプ地をボクはイメージしていた。
そして八月の盆休みを迎える。ボク達は途中で落ち合い、本州のほぼ真ん中辺りを目指していた。
あらかじめキャンプ地近くの町のスーパーで、食材を仕入れる。メインとなるのは、やはり肉。そして酒も。
ふと横を見ると生サンマが特売されていた。「本日のオススメ」と手書きされた貼紙に、少し違和感を抱く。
「ねぇこれ……買おうか」
正直、ボクも迷っていた。でも……渓流で焼く魚がサンマって、ヘンじゃね? しかも旬じゃないし……
そんなこんなでボク達は、ある川の源流付近に到着した。源流といっても、河原を含めた川幅はかなり広く開けた場所だ。カラカラに乾いた流木が、あちらこちらに点在していた。
なるべく川の流れに近い所を選び、車を入れる。初めて来た場所なのに、何かに引き寄せられた、と感じた。そうすることが宿命であったかのように、順調に物事が進んでいった。
河原のあちらこちらをウロつき、太めの枯れ枝を集めた。それを適当に積み上げる。すると何か、カモフラージュした秘密基地のようなものが完成した。
枯れ枝の下に隙間を作り、茶色く枯れた杉葉の塊を突っ込む。そしてタバコに火を着けるついでに、突っ込んだ枯葉に点火した。
パチパチと渇いた音を立てながら、枯葉が勢いよく燃え出した。線香のような、何か懐かしい匂いが辺りに漂う。
それはノンビリとした休日の午後の空気を、更に心地よいものとしてくれていた。
薪が、いい感じに燃えている。ボク達はその揺らめく焰を、無言で見つめていた。温もりがジンワリ伝わってくる。
「永遠に見ていられるね」
「あぁ酒が欲しくなる……」
まったりした、この空気感。何かから解放されたような気分だった。心の底から癒やされているのが分かる。
「酒より……彼女が欲しいわ」
「じゃ俺、彼女役やります…… 先輩、抱いてください」
「……アホか」
他愛もない会話が楽しかった。ほんの少しだけど一瞬、達也の言葉にグラリとする。
本当に達也を抱いちゃおうか……ボクは言葉攻めに弱かった。
ボクたちは、まるでボーイスカウトのキャンプファイアーのような盛大な焚火で盛り上がっていた。心はもう少年そのものである。
辺りが薄暗くなってくると、真っ赤な炭のようになった熾火に心がなごむ。その熾火の上で、ボクは手羽先を焼いていた。
鶏皮の脂がプツプツと滲み出し、ジュゥという音をたてながら滴り落ちる。勢いよく煙を出し、食欲を刺激する香り。肉の表面が、ほどよいキツネ色に焼けてきた。
塩・コショウだけを振りかけ、肉にカブリつく。旨みたっぷりの熱い肉汁が、口の中にほとばしった。
腹が満たされてくると、他にやることは特にない。焚火の前で横になり、酒を呑み、ただただ満天の星空を見上げていた。ボク達は天体にはそう詳しい訳ではない。だがミルキーウェイと呼ばれる天の川と、大きな十文字を描く白鳥座だけは分かった。
それにしても星座というものを、無数の星の中から描き出した古代の人たち。その想像力には、敬服するばかりだ。
飽きもせずボク達は、いつまでも焚火を眺めていた。ゆらゆらと立上る炎。いいものだ。ただ見ているだけで心が暖まり、酒が飲める。
「薪は三度、人を暖めるっていう話、知ってる?」
達也がポツリと言った。
一度目は薪集め、薪割りで。二度目は焚火本来の炎で。三度目は焚火で作った料理で身体を暖める……
我々は焚き火を見つめながら、黙々と酒を呑んでいた。特にこれといった会話も無く。そこにはただ「いい時間」が横たわっているだけだった。そしていつしかウトウトとしてくる。
「なぁ、完璧な夏の夜だと思わないか?
星空、焚き火、酒があって……
そして……」
達也の返事がなかった。彼の様子をうかがうために上体を起こして見ると…… あっグラスを抱えたまま眠っている。
「そして……いい友がいて」
達也が眠っていなければ、決してつぶやかなかったセリフだった。
「また一緒にやろうぜ」
睡魔でぼやける意識のなかで、ボクは達也に語りかける。
でも最高に素敵なこの夜は、ボクたち二人にとっての最後の夜だった。このとき、そんなことになってしまうとは想像すらせず、ボクたちは焚き火を前にしながら星の下でまどろんでいた。
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