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ゆっくりと息を吐いてみる。耳を塞ぎたくなる思いを堪えて、目を開く。
清々しいほど綺麗な青空が、うざったくてたまらない。
「・・・・・・っ、ごめんなさい!」
「うるせー、黙れ。」
「人間、こうなっちゃだめだね。人の話も聞けない、なにもできないこんなブスになっちゃだめだ。」
「気持ち悪いから、掃除してあげないと。」
ボロボロの制服も不揃いの髪の毛も痣だらけの身体も全部分かってる。全部、分かってるけど、見て見ぬフリ。
ごくりと息を呑む人、イヤホンを耳に差す人、目をぎゅっとつぶる人、チラッと見てなにもないように過ごす人。
誰も孤独な女の子に手は差し伸べない。
「お前、家族からも見捨てられてるんだろ?だから、俺達がかまってやってるんだよ。ほら、泣いて嬉しがれよ。土下座しろよ。尽くせよ。それぐらい当たり前だよな?」
スクールカーストというものがあるのなら、気味悪く笑う派手な彼らは一番高いところにいるのだろう。その真逆の位置にいるのが、身体を震わせる女の子だ。
私含めたその他の人達は至って普通だ。普通の中にも上下はあるけど、私達はちゃんとわきまえてる。
「こいつウザいんだよね。偉そうなんだよ。なんにもできないくせに。」
悪いのは、誰だろうか。
ここにいると感覚が麻痺してしまう。けれど、抜け出すことは許されない。明るい世界の方に手を伸ばそうとすれば、その手は折られるだけだ。
暴力はよくない。いじめもよくない。分かってるのに、私達は言葉を紡ごうとしない。
立場を理解せず、前に出ようとした彼女もよくなかった。そんなことをしていたら、自分が一番でありたい人達に目をつけられるのも当然だ。
彼女の家庭環境もよくなかった。娘がボロボロになって帰ってきたら号泣して怒り狂うような親を彼女は持っていなかった。
「ねえ、水持ってきたよ。」
「おお、ナイス。」
「あたしにこんな重い物持たせんなよ、ブス。」
水が流れる音は笑い声にかき消される。
前の席の人の拳が震えている。苦しいのだろうか、怒っているのだろうか。知らないけど、正義を振りかざして止めない人にそんなこと思う権利はないだろう。
「教室汚れちゃった。掃除しとけよ、お前。」
「お節介が大好きだもんね?人に気遣える自分がもっと好きだもんね?できるよね、それぐらい。」
「・・・・・・。」
「なんか言えよ、クソ女。」
「そんな言い方しちゃだめだよ。こいつは猿よりも低能なんだから。僕達が使う言葉がこんな奴に通用するわけないでしょ?もっと優しくしなきゃ。」
「あ、そうだったね。あはは、忘れてた。」
「なあ、このブスが金くれたんだけど。これでゲーセン行こうぜ。」
「おお、いいな。よし、今日は解散。お前、掃除忘れんなよ。」
鈍い音が何度も教室に響いた後、うるさい足音が遠ざかっていく。
そして、口をずっと閉じていたクラスメイト達も次々に立ち上がって、教室から出て行く。
うずくまる彼女を避けて廊下に出た途端、会話を始める。
私もカバンを持って、走り去りたい気持ちを閉じ込めて、地獄から逃げた。
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