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「どうして、わたしだったの。」
「さあ、そういう運命だったんじゃない?」
「・・・・・・酷いこと言うんだね。」
足が海に浸かったままの彼女と、ズボンが砂で汚れていく私。視線は交わっているようで、交わっていない。お互い、なにも見ていなかった。
「わたしが死んだって、だれも悲しんでくれない。なら、だれも悲しんでくれないうちに死のうと思ったの。あとから悲しませたらいい、って考えた。あとからどれだけわたしが大切だったか知ればいい、って。けど、自分で考えてみたの。わたしはそんな大切な人間じゃないって分かった。」
「悲しむだけならフリでもできるんじゃない。」
「まあ、そうね。」
「私は大切にしてほしいなら、まず大切にする。それから、死ぬ時に引き止めるような人じゃなくて、一緒に死んでくれる人と一緒にいたい。」
ゆっくりと落ちていく夕日が眩しくて、目を手で覆う。おかげで真っ暗だ。こういう時、手を無理に剥がそうとする人じゃなくて、一緒に目を閉じてくれる人と一緒にいたい。
「あなたは人を大切にしていないし、自分のことに関しても自棄になってるよね。」
「・・・・・・。」
「でも、仕方ないよね。酷い人達ばっかりだもんね。」
「・・・・・・逃げられたら、よかったのに。」
「逃げる、か。」
「うん。親も心配してくれるような人がよかった。酷いことされてるって分かったら、『休んでいいよ』って言ってくれるような人がよかった。」
「いいね、そういう人。」
「けど、なかなかいない。」
「需要過多だね。」
「うん。」
夏なのに長袖で長ズボンを着る彼女は、どれぐらい辛いのだろうか。もう解放してあげてもいいんじゃないか、と思った。
「私、おつかい頼まれてるから、そろそろ行くね。」
そう言って立ち上がり、ズボンについた砂をはらう。
彼女は引き止めもせず「バイバイ。」とだけ言った。これが最後なんだろうな、となんとなく悟った。それでも私はなにも言わなかった。
「人生、いいことも悪いこともたくさんあるから、って言う人はいっぱいいるけど。最高に辛い人やすっごく幸せな人にそんなこと言っても響かないよね。いいことへの希望を持つ前に、悪いことで人生諦める人もいるんだからさ。」
「・・・・・・。」
「じゃあ、バイバイ。お疲れ様。」
「あのさ。」
「ん?」
思いもしなかった彼女の引き止めに急いで振り返る。
太陽は水平線の向こうに消えてしまった。空を深い青が覆い始めて、そのせいで見えづらくなった彼女の表情は、少し悲しそうだった。
「あの人に代わりに謝ってくれない?わたしのせいで、髪の毛無くなっちゃうなんて酷すぎるでしょ。」
「うん、わかった。言っとくね。」
「わたしじゃ避けられちゃうから。わたし、あの時初めて知ったの。誰かに助けられても、全く喜べないこともあるってこと。」
「・・・・・・そりゃ、あるだろうね。」
言葉が途切れて数秒間。目を合わせなかった私達は、お互い別々の方向を見据える。
彼女が進む道は、たぶん幸せに繋がってる。そうじゃないと、おかしい。
けど、私が今から進む道は真っ黒だ。時にうずくまって、地を這って、泣いて、疲れても、進まなきゃいけない道。そんな道が目の前に広がっている。
ああ、怖いなあ。
彼女が進む、幸せであろう道に進みたくなる。
『今日、晩ごはんがそうめんなんだけど。一緒に食べる?』
数分考えて思いついたそんなことを言おうと思って、振り返った。もう彼女はいなかった。
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