星に願いを

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猛々しい蝉の鳴き声に目を覚ます。弟はすでに起きているようだ。 「おねーちゃん、おはよう」 「あっくん、おはよう」 あいつの部屋に届かないように小声で話す。隣の部屋からは地響きのようないびきが聞こえる。どうせ昨日もたらふく呑んでたのだろう。 夏の熱気に乗って生ゴミの匂いが鼻に届いた。鼻が麻痺するまでは顔をしかめながらこの匂いに耐えるしかない。 「おねーちゃん聞いて。今日ね、チョコ食べる夢みたの」 「へー、よかったじゃん。あっくんチョコ好きだもんね」 「うん、夢だけど食べれてよかった」 「正夢になったらいいね」 「それはならないよ。チョコなんてもう何年も食べてないし」 諦め混じりの声を聞いて弟がいない方に寝返りを打った。弟の悲しむ顔を見たくなかったから。 「今日はご飯あるかなぁ?」 「わかんないよそんなの」 「僕おなかへったよ」 「だったら学校いきなよ。小学校は給食があるんだから」 布団の上に三角座りをして弟は首を横に振った。頭からひらひらとふけが舞う。 「めんどくさいし」 家から学校までは歩いて10分。ランドセルを背負ってただ歩くだけでご飯が食べれるというのに弟は学校へ行こうとしない。 めんどくさいとぶっきらぼうに言い捨てるのは、青あざだらけの細腕と落書き塗れの教科書を見ないふりするため。弟にできる精一杯の強がりだ。 わかるよ、あっくん。お姉ちゃんも数年前は同じ痣を作ったし同じように強がったから。 「ま、あっくんの好きにしな」 「うん」 私は立ち上がり、足元に転がるペットボトルを爪先で転がした。ぶんと小蝿が目の前を通る。 世界は今日もくそったれ。星にでも願わなきゃ気が狂いそう。 世界は今日もくそったれ。未来なんて見えやしない。 世界は今日もくそったれ。そう、お母さんが死んだあの日から。
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