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ここに来るのはいつぶりだろうか。
不景気の煽りを受け会社の業績が落ち、給料がカットされた。月に二回は来ていたあの頃が懐かしい。
扉を開けると中から見慣れた顔がこちらを見た。
「おお!久しぶりだな」
このバーの店主である則之が声をかけてきた。
豊はアーチ型のカウンターの端に腰掛けた。すみっコが落ち着く。
「ビールでいいか?」
豊は頷いた。
「相変わらずこだわってんな」
「まぁな」
則之はインテリアの細部までこだわっていた。グラスを置くラックも、小さなオブジェも、テーブルやイスさえ自分で作っている。
学生時代、演劇部の監督兼演出家だったからだろう。現役時代から、自分にも他人にも厳しかった。
則之がビールを注いでる間店内を見ると、客は二組しかいなかった。
「おまたせ」
よく磨かれたグラスにキメ細やかな泡のビールが注がれている。
一流のバーテンダーともなればこんなもの朝飯前か。近所の居酒屋とはわけが違う。
何事も追求する則之の性格が現れている。
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