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「ありがとう。どうだい、最近は」
「まぁ見ての通りよ」
則之はお手上げポーズをとった。
「不景気の煽りを受けて常連さんも足が遠のいちまってる」
「うちもモロに煽りをくらってさ・・・」
「だから顔だしてくれなかったんか」
豊は何も言わずにグラスに口をつけた。
「今の世の中この業界厳しいよ。手を替え品を替え、色んなことして集客しないとやってけない」
則之は磨いていたグラスを照明にかざした。
不景気の波は容赦なく社会を襲い、サラリーマンの財布をいじめてきた。
則之の店はバーとあってやはり値段がはる。その分美味しいお酒と食べ物が用意されているが、「おまかせ」なんて頼んだら、あっという間に財布が空になる。
則之が新しいバイトを雇ったという話と、不景気の文句を話していると、入口の扉が開く音がした。
四十代後半と見られる男性と、二十歳前後に見える綺麗な女性の二人組だった。
「いらっしゃい」
則之は席を促すと、二人は豊の視界にちょうど入る席に座った。
男は席に着くなり大きな声で注文した。
「マスタービール二つ」
この小さな店にはあまりにも不釣り合いな声の大きさだった。店中の誰もが聞き取れる。
嫌でも気になって見てしまう。
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