手を替え品を替え

3/6
前へ
/6ページ
次へ
則之がビールを運んだ。 二人の会話が聞こえてくる。 「今回のコンテストは君をグランプリにしようと思ってる」 喜びの声と共に女性の顔に笑みが浮かんだ。 二人がグラスをあてた音が小さく鳴った。 男は一気に半分ほど呑むとグラスを置き、ツマミを口に運んだ。 「美味いぞ」 女性もつまむと「美味しい」と目を輝かせた。 「グランプリとったらもっと美味いもん沢山食べられるぞ。ただな・・・」 男の不可解な言葉に女性は手を止めた。 「ただ・・・なんでしょうか」 女性は恐る恐る尋ねた。 先程とは打って変わって緊張の空気が流れる。 「君に紹介したい人がいてな」 「紹介したい人・・・ですか」 女性は神妙な表情を浮かべた。 今の話からすると、声の大きな男は何かの主催者か審査員で、この女性はそれに応募して審査を受けたのだろう。そしてそのグランプリを渡す渡さないの話か。 「君だってグランプリを取って、賞金で弟さんに大学に進学させてあげたいだろ」 女性は目を伏せた。 「それだけじゃない。グランプリが君の手に入れば将来は安泰だ。その大切なグランプリを君に決める代わりに、私の古い友人に君を紹介させてくれというだけだ。もちろんそれもただじゃぁない。何か問題でも?」 「それって・・・」 今口に運んだ塊は肉だった気がするが、二人の会話が気にって食事に集中できない。 話の流れ的に、この女性をグランプリにする代わりに、売春をしろと言っている。もしくは愛人契約を結ばせるのか。 目の前の会話に次第に腹がたってきた。 二十歳そこそこの女性の夢という弱みにつけ込んで、いかがわしいことを斡旋するとは到底ゆるせない。都市伝説的には聞いたことがあったが実際にあるものなのだ。 則之に目配せをした。 則之はカウンターから身を乗り出し耳元で呟いた。 「あの人常連さんで、沢山お客さん連れてきてくれるからさ」 表情で我慢してくれと伝えてくる。 だからなんだと言うのだ。 他人の気持ちを不愉快にするあの男は断じてゆるせない。 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、見知らぬ男がいきなり現れて話をごちゃごちゃにして、グランプリがなくなってしまったら、それこそゆるされることではない。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加