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則之がビールを運んだ。
二人の会話が聞こえてくる。
「今回のコンテストは君をグランプリにしようと思ってる」
喜びの声と共に女性の顔に笑みが浮かんだ。
二人がグラスをあてた音が小さく鳴った。
男は一気に半分ほど呑むとグラスを置き、ツマミを口に運んだ。
「美味いぞ」
女性もつまむと「美味しい」と目を輝かせた。
「グランプリとったらもっと美味いもん沢山食べられるぞ。ただな・・・」
男の不可解な言葉に女性は手を止めた。
「ただ・・・なんでしょうか」
女性は恐る恐る尋ねた。
先程とは打って変わって緊張の空気が流れる。
「君に紹介したい人がいてな」
「紹介したい人・・・ですか」
女性は神妙な表情を浮かべた。
今の話からすると、声の大きな男は何かの主催者か審査員で、この女性はそれに応募して審査を受けたのだろう。そしてそのグランプリを渡す渡さないの話か。
「君だってグランプリを取って、賞金で弟さんに大学に進学させてあげたいだろ」
女性は目を伏せた。
「それだけじゃない。グランプリが君の手に入れば将来は安泰だ。その大切なグランプリを君に決める代わりに、私の古い友人に君を紹介させてくれというだけだ。もちろんそれもただじゃぁない。何か問題でも?」
「それって・・・」
今口に運んだ塊は肉だった気がするが、二人の会話が気にって食事に集中できない。
話の流れ的に、この女性をグランプリにする代わりに、売春をしろと言っている。もしくは愛人契約を結ばせるのか。
目の前の会話に次第に腹がたってきた。
二十歳そこそこの女性の夢という弱みにつけ込んで、いかがわしいことを斡旋するとは到底ゆるせない。都市伝説的には聞いたことがあったが実際にあるものなのだ。
則之に目配せをした。
則之はカウンターから身を乗り出し耳元で呟いた。
「あの人常連さんで、沢山お客さん連れてきてくれるからさ」
表情で我慢してくれと伝えてくる。
だからなんだと言うのだ。
他人の気持ちを不愉快にするあの男は断じてゆるせない。
文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、見知らぬ男がいきなり現れて話をごちゃごちゃにして、グランプリがなくなってしまったら、それこそゆるされることではない。
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