虫文

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  夏の夜、寝室は時に戦場と化す。  夜になっても残っていた熱気はクーラーの冷気で既に駆逐(くちく)されていた。  電気を消し、さあ! 至福の旅へいざ行かん! 体を布団によこたえたその瞬間。  わたしの耳は捉えてしまったーーその音を。  戦闘開始のゴングが体内に鳴り響いた。   体を起こし、電気を点ける。そして、鬼の形相で室内を見渡す。  どこだ、どこだ、どこだ、どこだ、どこだ!  しばらく虚空を睨むばかりだったが、ついに、わたしの瞳は一点の空間のゆらぎを捉えた。  「見つけた!」   今宵の敵は薄く赤みがかった戦闘服を(まと)っている。先日倒したモノトーンに身を包んでいた敵に比べて強敵だ。見難いカラーリングゆえに索敵(さくてき)が難しいうえに知能も高く、明るい環境になるとすぐに隠れてしまうからだ。  現在、室内は煌々(こうこう)に照らされている。つまり、こちらが敵に気付いたことが知られ次第、すぐに暗がりに身を隠してしまうだろう。   チャンスは一回しかない。  わたしは息をつめる。そして、乾坤一擲(けんこんいってき)! 両手を打ち鳴らした。   やったか! 合わされた手をゆっくりと開くーーそこには何も無かった。   その後、改めて索敵を始めたが、その姿をまた見ることはついに無かった。  わたしは布団に座り込む。わたしの負けだ……。  目覚まし時計を見やる。寝室に入った時には真上を向いていた短針は、今や大きく右に傾いていた。明日は早い。これ以上の真剣勝負は無理だ……。  「もうチートするしかないか……」  わたしはひとりごちーー蚊取り線香を取りに部屋を出て行った。            
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