事故物件ロンダリング承ります

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 ──怪異に好かれやすい。俺のことをいま、そう表現するひとがいる。  生まれつき視える性質だったワケではない。きっかけはたいしたことではない。中学一年生の夏休み、バスケットボール部の部活動中に、熱中症で倒れた。それだけだ。  当時の夏は、いまのように連日三十五度超えの猛暑日が続く夏ではなかった。屋内での運動中の水分補給について、それほどとやかく言うひともいなかった。一年生のあいだで決めた当番が麦茶と二倍に薄めたスポーツドリンクをやかんにたっぷりと用意するが、はじめに準備したぶんが底をつけば、当番が練習を抜けて補充しなければならない。  それが嫌で、自分が当番の日に意識的に水分を控えた。自分ひとり飲まなかったところで、減りが目に見えて遅くなるはずもない。命を危険にさらす浅はかで愚かな考えだったと思う。気づいたときには病院のベッドのうえにいて、俺の世界は様変わりしてしまっていた。  寝かされていたベッドの脇には、俺の腕に繋がる点滴の輸液バッグをじっと見つめる女性看護師がいた。コック帽のような大きなナースキャップを被り、ワンピースタイプの古めかしい看護服を着ていた。白木におしろいを塗りたくったような色合いの頬に笑みはなく、くちびるはムラサキをしている。およそ、生きている人間の持つ色味ではなかった。  気づかれてはいけない。一度止まった息をゆっくりと音を立てないように吐き出す。看護師はやがて、スーッと床を滑って俺の足元のほうへ移動すると、そのまま壁にからだをめりこませて消えた。  それが怪異との初めての邂逅で、始まりだった。それからというもの、結構な頻度で、それに出くわすようになった。この世ならざる者たちには、害意を持つ者、持たない者、ひとのかたちをした者、していない者、さまざまな特徴があった。  視えることをだれかに話したのは、一度きり。そのひとはいま、たぶん俺を便利屋か何かと勘違いしている。
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