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「お願いだ! 許してくれ」
男は絨毯に頭を擦り付けるようにして必死に謝っていた。男の足元には血が付いた重そうなガラスの灰皿が無造作に打ち捨てられている。
「分かったわ。許してあげる」
額に乾き始めた血がベットリ付いた女性が椅子に座って、土下座している男を見下ろしていた。
「そのかわり、貴方の誠意を見せてちょうだい」
女は立ち上がると高層マンションの扉を開けてベランダに出ていく。そして男をベランダに誘うように手招きをする。
男は一瞬躊躇するも、女の招きに従ってベランダに出ていくと女と一緒に手すりに寄りかかる。
高層マンションのベランダからは都心の灯りが遥か彼方まで見渡せ、真下に見える小さな道には、玩具のような自動車が行き来していた。
* * *
助かった……。
機嫌を直してくれたみたいだな。
まあな。あれだけ目をかけて、毎日オレ様が愛してやったんだ。オレ様の身体から離れられる訳もないか。
瓶底メガネをコンタクトにし、最高の化粧技術やダイエットを仕込んで、ちんくしゃだったオマエを今や売れっ子美人作家の仲間入りにしたのは、なんたってオレ様だからな。
しかしビックリしたぜ。
今日はオマエのライトノベル受賞記念パーティだから遅くなると思ってたのに、思いの外早く帰って来やがって。
浮気相手との逢瀬を見られちまったから、反射的に思いっきり殴っちまったんだが、当たり所が良くて死なずに済んだみたいだな。
全く、運が良いんだか。
もし死んでたら、そのままベランダから捨てて事故死にしちまおうかと思ったんだがな。
バカなやつだ。
自らベランダに誘って来やがって。
このまま突き落とされるとも知らないで。
* * *
──ゆるさない、から。
ワタシね、一回死んだのよ。
貴方に殴られた時にね。
そして女神様に会ったの。
女神様が転生先を聞いて来たから、異世界じゃなくて、今のこの場所にサキュバスとして転生したいとお願いしたの。
貴方の心の中は、全て聞こえてるのよ。
今までは、ワタシのことを本気で愛してると思ってたから、貴方の浮気は見逃して来たのにね。
全ては幻だったのね。
このまま二人でベランダから落ちましょう。ワタシはサキュバスだから途中でお別れだけど、貴方はそのまま地面に落ちて下さいね。
さようなら、偽りの愛に満ちた過去。
じゃあね、貴方。
(了)
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