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 里では霞んで見える尖塔(せんとう)群の丘が、はっきりとしてくる。  時計塔の鐘が鳴った。  ああ。セージのせいで遅刻してしまった。  もっと力をこめ加速し、待ち合わせの時計塔の下へと急ぐ。きっと、いまの自分は流れ星のようでもあり、形相は小鬼(ゴブリン)のようでもあるかもしれない。赤い瞳をしているから、怒ると小鬼みたいだとよくいわれたものだ。  けど。 「イレーネ! 遅くなってごめん」  彼女に会えば、私のこわばりは全てほどけてゆるゆるになる。森の精霊(ドライアド)に魅了された男のように。 「鐘が鳴ってからまだちょっとじゃない」  と、イレーネは黄金(こがね)色の液体がはいったビンを渡してきた。ふんわりした笑顔で。 「疲労回復にいいから飲んでみて。里から力んで飛ばしてきたんでしょ。汗でてるわよ」  イレーネが近づき、花の香りが広がる。白く柔らかい布で私の額の汗をぬぐってくれた。  飲み物は柑橘系な爽やかさがあった。彼女の癒し効果か、飲み物のおかげか、疲れが一気に消えていく気がする。 「ありがとう、回復したよ。さあ、行こう」  今日は女二人で買い物を楽しむのだ。今度のお祭りにお揃いでいくために。ぐずぐずしている時間がもったいない。店が並ぶ通りを歩きだす。 「あのね。これはこの間集めた花を浸けて作ったの」  話しかけてくる彼女の声が弾んでいる。 「あ。大樹林(だいじゅりん)で採取したものか」  ビンを眺めながら、大樹林の花畑にいった日を思いだす。  二人だけの花畑。とつじょ襲ってきた魔物との対決。そんな濃い体験がこのビンには詰まっているのだ。 「あのときのエリス、とてもカッコよかった。家より大きなミミズ竜(ワーム)を倒すなんてすごいわね」 「そんなすごくないよ。戦術学を学んでいれば、ワームなんてザコだよ」  緑色のきらめく瞳を向けられ、なんだか照れる。彼女の瞳は精霊の森のように麗しい。 「イレーネだってすごいよ。こんないい飲み物をつくれるなんて」 「そんなすごくないわ。薬草学を学んでいれば、だれでもできるから」  ふふふ、と互いに笑った。  どこからか軽やかな音楽が聞こえてきて、足取りも弾む。 「それに……」と、イレーネは続ける。 「興味あるのは花ばかりで、他の薬草に関してはからっきしなの。  セージなんかすごいわよ。もう立派な薬師……そういえば、今日はいっしょではないのね。この間は危険だからついてこなかったけど」  ……まただ。また、胸が(うず)いて、痛い。  どうしたの、と彼女は立ち止まった私を気づかってくれる。  目を逸らすと、ちょうど店先の飾り棚に髪飾りがあった。 「この緑のリボン、イレーネの目の色と同じで似合いそう。クリーム色のレースがあしらわれてるのも可愛いくて」 「それなら、エリスにはこっちの深紅のリボンね」  再び、互いに笑った。  そう。私はただこうやってイレーネと笑い合っていたい。今度のお祭りでもきっと。
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