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Ⅱ
里では霞んで見える尖塔群の丘が、はっきりとしてくる。
時計塔の鐘が鳴った。
ああ。セージのせいで遅刻してしまった。
もっと力をこめ加速し、待ち合わせの時計塔の下へと急ぐ。きっと、いまの自分は流れ星のようでもあり、形相は小鬼のようでもあるかもしれない。赤い瞳をしているから、怒ると小鬼みたいだとよくいわれたものだ。
けど。
「イレーネ! 遅くなってごめん」
彼女に会えば、私のこわばりは全てほどけてゆるゆるになる。森の精霊に魅了された男のように。
「鐘が鳴ってからまだちょっとじゃない」
と、イレーネは黄金色の液体がはいったビンを渡してきた。ふんわりした笑顔で。
「疲労回復にいいから飲んでみて。里から力んで飛ばしてきたんでしょ。汗でてるわよ」
イレーネが近づき、花の香りが広がる。白く柔らかい布で私の額の汗をぬぐってくれた。
飲み物は柑橘系な爽やかさがあった。彼女の癒し効果か、飲み物のおかげか、疲れが一気に消えていく気がする。
「ありがとう、回復したよ。さあ、行こう」
今日は女二人で買い物を楽しむのだ。今度のお祭りにお揃いでいくために。ぐずぐずしている時間がもったいない。店が並ぶ通りを歩きだす。
「あのね。これはこの間集めた花を浸けて作ったの」
話しかけてくる彼女の声が弾んでいる。
「あ。大樹林で採取したものか」
ビンを眺めながら、大樹林の花畑にいった日を思いだす。
二人だけの花畑。とつじょ襲ってきた魔物との対決。そんな濃い体験がこのビンには詰まっているのだ。
「あのときのエリス、とてもカッコよかった。家より大きなミミズ竜を倒すなんてすごいわね」
「そんなすごくないよ。戦術学を学んでいれば、ワームなんてザコだよ」
緑色のきらめく瞳を向けられ、なんだか照れる。彼女の瞳は精霊の森のように麗しい。
「イレーネだってすごいよ。こんないい飲み物をつくれるなんて」
「そんなすごくないわ。薬草学を学んでいれば、だれでもできるから」
ふふふ、と互いに笑った。
どこからか軽やかな音楽が聞こえてきて、足取りも弾む。
「それに……」と、イレーネは続ける。
「興味あるのは花ばかりで、他の薬草に関してはからっきしなの。
セージなんかすごいわよ。もう立派な薬師……そういえば、今日はいっしょではないのね。この間は危険だからついてこなかったけど」
……まただ。また、胸が疼いて、痛い。
どうしたの、と彼女は立ち止まった私を気づかってくれる。
目を逸らすと、ちょうど店先の飾り棚に髪飾りがあった。
「この緑のリボン、イレーネの目の色と同じで似合いそう。クリーム色のレースがあしらわれてるのも可愛いくて」
「それなら、エリスにはこっちの深紅のリボンね」
再び、互いに笑った。
そう。私はただこうやってイレーネと笑い合っていたい。今度のお祭りでもきっと。
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