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先立つ不幸
先立つ不幸をお赦しください
冒頭の文面にしたためられた、覚悟に私はただ、ただ、絶句する他、なかった。
これから先、彼との色々な大切な思い出を刻んでいこう
苦しかった過去の、今まで惨めだった子供時代の事を私は忘れてない。
父親にされた事、母親にされた事、そのどれもが私の中では既に過ぎ去った事だ。
私は、家族に愛されていなかった。
私が毒親だと愚痴のように、車の中で話すと、そんな言い方するなんて!!!辞めてくれないか!!!と露骨に嫌な顔をされる。
その人は、自分も親の事で、苦労したという。厳しいというより、酷い目にあった家庭の子だった。
私は、余り深入りしないようにしていたが、何を彼が言いたいのかは痛いほど分かった。
自分も親が悪い奴で、成人した後、介護しなければいけなかった。だけど、親の事を見限ったら、ダメだよ、君を育ててくれた人なんだから…
彼も歯を食いしばりながら、こう言う事しか言えない自分をもどかしく思っていた。
自分だって、複雑だったろうに、本当のことを言うなら、親に対する遺恨は、拭えない筈なんだ。それを堪えて、自分の事を諭す彼を見ていて、私は正直何でなの?なんで分かってくれないの?と不満だった。
彼が今、白い布に覆われて、静かな薄暗がりの中、静寂に包まれているのを、あんなに、熱かった、言葉に魂が篭っているかの様に、熱く情熱的に、夢を持っていた人が、死んだらこんなに呆気ないんだね、なんか、あの頃の喧嘩やら、殴られた事やらが、全て無に帰ったかの様に、シラフになって、憑き物が落ちたみたいになった。
その後、報道局のカメラマンが来て、私は、裁判沙汰に迄巻き込まれた。
愛していた筈の男の裁判の諍いで、金絡みの、薄汚い、人間達の、遺産相続に私はやつれきり、痩せ細り、体重が随分落ちた。
そして、彼がこの世に本当に居なくなったと、漸く哀しみに、涙が溢れたのは、それから20年が過ぎ去った頃だった。
幼かった私の子供に、私は、沙苗と名付け、シングルマザーとして、身一つで育てた。
彼のお父さんの田舎に帰省すると、娘を出迎え、皺くちゃな顔に、頬を綻ばせて、ありがとうといつもお礼を言ってくれた。
私が、娘が何になりたいのか、夢を知ったのはそれから、四、五年が経った頃だった。
何処かの書店で、装丁の美しい少女のイラストが、描かれている、幻想チックな、ロマンチシズムのある趣きの、本を買ってきて、それを食い入る様に見つめて、スゴイとブツブツと言っている。
私は、テレビのダウンタウンを見ていて、余り娘の様子には無頓着だった。
それから、また、もうしばらく、年月が過ぎ去った頃、彼女は、自分の好きな作家の名前を、私も知っている有名な作家の名前を言った。
私、この人の元でアシスタントしたい
あの頃、見てきたもう、手垢がついて、薄汚れていた、子供の頃の本みたいになった本を掲げて、彼女は、初めて私に夢を語った。
想定外の夢だった。
てっきり作家になるものだと思っていたのに…何で、寄りによって、アシスタントなの?!漫画ならまだしも、小説家の?!!
前代未聞の事だった。
だが、彼女は脇目もふらず、その後、家を出て行き、東京駅の改札口にたち、すぐさま、驚くことに、渋谷の109を見上げていた。
街中では、NIZIUが、大人びた小娘の歌を、sexualに歌っていた。
私は、そこまでの行動力があるだなんて、想像だにしなかった。
だが、我が娘は、それを本当にやってのけた。こなしたのだ。
物語は、そこから、スタートする。
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