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黒歴史2 石を投げたいインプレッサ事件。
西の茶店
彼氏2号は頭脳派の走り屋だった。京都某大学院理系ドクターコースのよくわからない理論を展開しては私を混乱に突き落とし、「きみは文系やね、ははは」と中途半端な関西弁を話すような人だった。
愛車はスバルブルーのインプレッサ。車内は自分で取り付けたナントカメーターがいくつもはりついていて、何度説明を聞いても興味がないものは覚えられなかった。
唯一「危険です、危険です」と常に叫んでいる「オービス探知機」だけは覚えた。
あと、京都市内を走っていると、しょっちゅう何かに反応して「ジャジャジャジャーン」とベートーヴェンの運命が流れ、「危険です、危険です」と機械が叫ぶ。
改造した太いマフラーはうなり、ドライブをしていても会話などほぼ聞こえないうるさい車だった。
「雪もええ感じに降ってるし、ちょっとドライブ行こうか」
彼氏2号の京都の部屋に泊まっていたある夜。
突然そう言って上着を羽織ったのは、午前二時。一般常識を全く持ち合わせていない人だったが、雪の京都の峠を攻めに行こうというのだ。わざわざ寒い夜中に。
「スタッドレスだから大丈夫だよ」
ご機嫌なのは本人だけ。京都は大阪と違い、すぐにうっすらと雪が積もる。マンションを出ると、案の定うっすらと雪が積もっていた。
そのままインプレッサに乗り込み、京都の山奥の民家の細道を120キロで駆け抜けていく。
いやいや、スピード落とそうぜ・・・ここ民家のフツーの細い道やん・・・。
ありえないスピードに、心拍数がバクバクと爆上がりする。
さらに民家を抜けると山道へと入る。くねくね曲がる峠道も知り尽くしているのか、減速する気配すらない。
「ここ、有名な事故現場やねん!」
花が供えてある急カーブの事故現場も、ウルトラソウルの口笛を吹きながらのハンドル操作だ。怖くないわけがない。
山を抜けて琵琶湖まで来たらしいということを教えられて、暗く広がる湖に目を凝らす。冬の夜中の琵琶湖なんて、何も見えない真っ暗な空間でしかなかった。
途中で立ち寄ったコンビニでペットボトルのお茶を買い、恐怖のあまりカラカラになった喉に流し込んだ。体中冷たい汗をかいていた。
「眠たくなってきたから、帰りは高速で急ぐね」
更に恐ろしいことをさらりと言って、高速道路の料金所を通過した瞬間、体がぐぐっとシートに沈み込んだ。前を走っている車が、なぜだか止まっているように見えた。
アクセルを踏み込んだインプレッサが時速100キロを超えるまでわずか数秒。ミッションを巧みに操作して、その数秒後には、スピードメーターは180キロを振り切っていた。
前を走っている車が80キロなら、そりゃあ止まって見えるわな・・・。
一気に血の気が引いてゆく。見てはいけないものを見てしまったようだ。猛スピードで迫るインプレッサに気づいた前を走る車が、次々とモーゼの海のように道を譲ってくれるのだ。
「やっぱスピード出る車はいいよなあ。気持ちいい」
いやあ周りはさぞ迷惑だろうに・・・。
言葉はGという名の恐怖に負け、発せられることはなかった。
そんな彼氏2号とは京都某大学院ドクターを卒業後に遠距離恋愛となり、付き合っている最中に元カノとできちゃった結婚をしちゃってました(強制事後承諾)という三流昼ドラのような劇的展開を広げ、私がブチ切れて幕を下ろした。
その後、到底ゆるすことなどできなかった私が精神的に病み過ぎて鬱病に突入し、不眠症、拒食症、と次々に病みを併発、生きる屍へと化すのであった。
それから約二十年が経ち、拒食症のみ改善されたものの、今でもインプレッサを見ると石を投げたくなる衝動に駆られる。
彼氏2号・・・これでもクズの中でのレベルは№2だ。
自分の男運のなさが嫌になる。
了
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