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二人きりなったらどうする?
夜。夕御飯を済ませた俺は、早速理子の部屋に向かった。とはいえ隣の家だ。秒で到着した。
「おーい、理子」
俺は玄関ドアを無遠慮にガチャリと開けた。小さな時からこうなのだから、今更誰も咎めはしない。そう思っていた俺だった。
「かっ」
ドアを開けて飛び込んできた光景は、漫画やアニメで良く見るようなシチュエーションだった。ニワトリが首を締められたような声を出したのは、俺の目の前にいる理子だ。バスタオルを1枚巻いただけの理子だった。
顕になった肩、胸の谷間、そして、太ももに、足。全てがほんのりと桜色に染まっていて、髪も艷やかに濡れている。だが顔は桜色など通り越して、溶岩のような色だった。きっと湯が熱すぎたのだろう。
「なんだ、シャワー浴びてたのか。じゃあ俺、お前が髪の毛乾かしてる間、リビングにいるな」
石化魔法を食らったかのように動かない理子の脇を通り、俺はリビングに向かった。玄関入ってすぐ左手が理子の部屋。玄関から廊下を真っ直ぐ入った所がリビングだ。浴室とトイレはその手前。理子はシャワーを終えて、部屋に戻るところだったのだろう。
「くあああああーーーっ!」
「あいってえっ!」
突如、背後から回し蹴りをお見舞いされた。理子の芸術的とまで評された回し蹴りだ。こいつはこれで何人もの屈強な男子を葬っている。不意を突かれた俺はもんどり打ってリビングに転がり込んだ。ドアが開いていたのが幸いだ。
「何すんだ?」
「蹴ったんだ!」
床から見上げる俺を一瞥すると、理子は自室に飛び込んで勢い良くドアを閉めた。これは近所迷惑だな。理子んちは角部屋なので、近所ってうちだけだけど。ちなみにここは最上階。47階建てのタワーマンションというやつだ。
「おー、仁くん、いらっしゃい」
「まー、理子ったら。大丈夫、仁くん?」
よっこらしょと立ち上がると、リビングのソファで寛いでいた理子の両親に気遣われた。理子のお父さんはクマのようだが顔は柔和で、髭が良く似合っている。お母さんは理子そっくりで、やはり小さな人だった。
「ああ、平気平気」
「あ、今日はジンジャーエールあるぞ、仁くん」
「アイス食べる、仁くん?」
「ありがとう。両方もらうよ」
「はははははは。いいともいいとも」
「アイスはね、チョコミントとバニラがあるのよ。どっちがいーい?」
「じゃあバニラで」
「お、なるほどー、ジンジャーエールに浮べて、バニラフロートにする気だなー」
「うふふふふ。仁くんたらお利口さーん」
この家に来ると、いつもこうして構ってくれる。二人曰く、俺は息子も同然らしい。理子は理子で、うちでは娘同然だ。両家ともにひとりっ子なのに、男の子と女の子、どちらも育てられたのが凄く嬉しいのだと聞かされた事がある。
「あんたたち、結婚してくれないかなー? そしたら母さんたち、すっごく嬉しいのになー」
俺の母さんなど、モロにこんな圧力をかけてくる。父さんは無言だが、否定する事も無い。これは両家の願いであるらしい。俺としては応えてやりたいと思うんだが……人の気持ちが分からない俺が、果たして結婚など出来るのだろうか……?
ましてや、俺は元神だ。人間など、家畜程度にしか思っていない。今は、まだ。
そう言えば。毎年恒例の両家合同家族旅行、去年は自然豊かな北の国、バスクランドに行ったっけ。その時、なぜか俺と理子が相部屋だった。親たちは何か期待していたようだが、思えば俺はあの時から記憶の扉が開きかけていたのかも知れない。
バスクランド。そこはこのユースフロウ大陸最大の国家、アヴァロン皇国の開祖であるオズワルド・アヴァロンの故郷だ。俺は無意識に何かを感じていたのだろう。
ちなみに、俺と理子の間には何もなかった。ただ一緒に寝ただけだ。もちろんベッドは別々で。翌朝、それを聞いた両家の親たちは、盛大なため息を漏らしていたが……何がそんなに残念だったのだろうか? 理子に聞いたらビンタされたし。
本当に、人間の気持ちは分からない。だが焦る必要はないはずだ。今回の"人生"も、おそらくあと70年くらいはある。前世の記憶は無いが……まあ、今回がダメでも、また次回だ。俺は神。いつか、きっと理解出来るはずなんだ。
この時の俺は、そう信じていた。
それを理解する時間など、もう、残されていなかったというのに⸺。
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