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戦車? あんなの火炎魔法なら紙同然に燃えますけど?
「⸺で?」
「あ、それ、俺が嫌いな聞き方。で? って聞かれるの、話す気無くなるよな」
あの後リビングに俺を呼びに来たパジャマ姿の理子は、ジンジャーエールバニラフロートを横取りしただけでは飽き足らず、俺の首根っこを掴んでずるずると引きずり、自分の部屋へと放り込んだ。
こいつの俺の扱いは、いつもこんな感じだ。慣れているので別に何とも思わないが、小学生の頃、遊びに来た友達がこれを見た時は非難轟々だったっけ。こいつ、あん時はみんなに泣かされたくせに、それでもまだ直さないんだから、本当に頑固なんだよなあ。
「知るか。話す気が無くなったなら帰ればいい」
そして無愛想でぶっきらぼう。良し、少し虐めてやろうか。
「お前さ、そういうの良くないって友達に言われない? あ、友達いないんだっけ」
「いーるーわっ! 私にだって、友達くらいいますっちゅーねん!」
「誰?」
「そんな事はどうでもいいだろ? で?」
「いないじゃねーか」
「いるし。いーるーしーっ!」
「いた。いたたた。やめろポカポカ叩くな。あと泣くな。分かった俺が悪かった。な、だからやめろって」
「じゃあチョコミントアイス持ってこーい! そして私にあーんで食べさせろー!」
ここが理子の弱点だ。人気はあるが、友達と呼べる人はいないのだ。どうやら友達がいないと寂しい人とか悲しい人とか思われるらしいのだが、理子はそれが耐えられない。
じゃあ友達作れよと思うんだが……クラスのやつが、理子は近寄り難いと言っていたのを聞いた事がある。きっとそう思わせてしまっているのが原因なんだろう。俺と二人きりの時は結構子どもっぽいんだが、それを知っているのは俺だけだ。
「はい、あーん」
「あーん。むぐむぐ。はあー、おいしー」
お母さんに貰ってきたチョコミントアイスを頬張った理子は、ぱあっと笑顔を咲かせていた。機嫌を損ねた時の理子には、何か食べさせればいい。いつもの対処法だった。完全に子どもである。
「⸺と、まあ、そんなわけで。俺は、昔、神だったみたいなんだ」
「むぐむぐ」
お得用サイズのでかいカップに入ったチョコミントアイスは、もうあと残り四分の一ほどになっていた。それだけ理子に食べさせながら話したのだが、その間、俺は一口も食べてはいない。
さてこんな話、普通信じてはくれないだろう。今までに見てきた人間の行動を思い返すと、そう結論付けられる。しかし理子は違う。こと俺の話に於いて、理子は絶対に疑わない。
「⸺で?」
「またかよ。いやそれだけだ。てか本当にその聞き方やめろって。凄くつまらない話をしたような気分になるから」
「ああ、すまない。いや違う、お前はまだ肝心な事を話していない」
「肝心な? 全部話したけど? 俺が神だった時の事、救世主たちと戦った事とかも。直近……と言っても、2000年くらい前になるけど……、その頃の事は覚えていない。大樹歴元年が、俺が人間になった時だからな」
そう。現在は、大樹歴2122年だ。俺があの大樹に天界もろとも滅ぼされた時から、2122年が経っている。
大樹。それはユースフロウ大陸日ノ本自治国家のど真ん中に聳える、成層圏にまで到達する巨大な樹木だ。
その正体は、この世界に二度と強大な魔力を持った人間が現れないようにする為の"装置"だ。最後の救世主【東条愛】は、この大陸すら沈めかねない自らの魔力を怖れた。そんな力が無ければ神々とも戦えない事実に悲しんだ。
そして彼女が出した結論が、大樹だった。全ての魔力を吸収し、この世で魔法を使えないようにする。あの大樹は、その為に存在する。
とは言え、当時、大陸の西の海の向こうには、世界征服の野望を抱くマテリア連邦という国があった。科学技術に優れたマテリア連邦は、機関銃や戦車といった最新の兵器を多数保有していたのだ。それに対抗する為に、数人の魔法使いが無力化を免れて残っていた。
なにしろユースフロウ大陸を統べるアヴァロン皇国は、魔法が無くなると剣と弓矢ぐらいしか兵器と呼べる物が無い。戦力差は歴然で必敗だった。しかしそんなマテリア連邦が、近く大陸に攻めてくるという。その備えが必要だった。
東条愛の戦闘アドバイザー的な役割をこなしていた人間側のブレインは、その事を予見していたのだ。予見は当たり、大樹歴0013年、アヴァロン皇国とマテリア連邦は戦争に突入した。⸺戦争? いいや、あれは一方的な⸺殲滅だった。
残っていた魔法使い。そいつは、アヴァロン皇国最大にして唯一の宗教、エルンスト教の教皇だったのだ。通常の人間では一つしか使えないはずの魔法をいくつも操り、その力で何万両もの鋼鉄の戦車をガラクタや灰燼と化した。当然だ。"彼女"も、東条愛と一対一で戦えるほどの力を持っていたのだから。
それは女神とされた、元人間の少女。
その名を、アイリスと言う。
神官名は、オメガ、だ。
「で? お前の名は?」
「え? 俺の、名前?」
「そうだ。私の夢は知ってるだろ? 私は考古学者を目指している。その為の勉強もたくさんした。だが、そんな神の名など、どの文献にも載ってはいない。もしお前が本当にその元神だと言うのなら、名乗れるはず⸺そうだろ?」
「あ、ああ」
言っていなかったか? まあ理子がまだ聞いていないと言うのだから、そうなんだろう。だが⸺、だが、どうしたんだ、理子? お前、どうしてそんなに怖い顔をしているんだ? 何か、良くない事が⸺、俺が名乗ると、何か、良くない事が、起こる⸺そんな気がした。
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