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ここ47階ですけど?
「ダメっ!」
「うわぷ」
俺の、神だった頃の名は⸺、そう言いかけた時、理子が飛びついて来て口を塞いだ。もちろん手で。口で塞ぐのはまずいから。
「な、なんだよ、どうして」
「嫌な予感がした! 何か、凄く嫌な、予感がっ……」
「理子?」
慌てて理子を引き剥がして見ると、顔が真っ青だった。掴んだ肩が微かに震えてもいる。理子は何かに怯えていた。
「お前らしくないな。非科学的と言うか、非論理的と言うか……」
ぽりぽりと頭をかきながらそう言うも、少しほっとしている自分がいた。
「ねえ、仁吾。これは私たちだけの秘密にしよう。神様だった時の名前は特に。もちろん、お父さんやお母さんにも内緒だよ」
「ん? う、うん」
俺は理子の提案をすんなりと受け入れていた。神だった時の事を思い出すに、俺が人間の言うことをきくなんて、と我ながらびっくりする。
同族でもある配下の十二神たちの意見すら、俺は聞き入れた事が無かった。そもそも、意見する者もいなかった。ああ、一人だけいたな。十二神筆頭第一神、慈愛の女神……マーリン。
俺を裏切り、人間側についた女神だ。
「……はっ!」
と、理子が突然振り返った。部屋の窓の外に、何かを察知したらしい。俺もつられて振り返る。そこには。
「な! 人、か!?」
窓の外は小さなバルコニーがあるだけだ。鉢植えくらいしか置けないだろう。そこに、窓のカーテンの向こう側、月明かりに照らされて、人影らしきシルエットが浮かんでいた。
「人にしてはでっかいよ! でかすぎる!」
理子が叫んだ。その通りだ。
「それよりなにより、ここは47階、だ」
「あ、っ!」
理子が俺の言葉に絶句した。地上47階の窓の外に、推定3メートルはありそうな、ゴリラ並にガタイのいい人影がある。無理めな情報が渋滞し、俺と理子の思考は混乱した。
「グファ。ちっ。つまらねえぜ」
「えっ?」
と、人影は舌打ちした。そして、ふっと姿を消した。自然に落ちたような消え方だ。
「まさか!」
俺は慌てて窓に駆け寄り、カーテンごと思い切り開け放った。そしてすぐに下を見た。が、そこには何も無い。遥か下にはマンションの植え込みがあるが、何かが落ちたような痕跡も無かった。
「何だったんだ……?」
俺はゆっくりと窓を閉め、理子へと目を戻した。そこで俺は理子から衝撃の名を聞かされる。
「ウ、ウィンザレオ……?」
「なに?」
聞き間違いか? 今、理子は【ウィンザレオ】と、発したような。理子は震えている。
「おい。理子? おい」
思い出した。そして、だから聞かなければ。ウィンザレオ。その名をなぜ知っているのかを。それは【獣人王】と呼ばれた、獣の王の名前だ!
確かに、今のシルエットがウィンザレオならば納得出来る。やつなら47階まで飛び上がるなど簡単だ。身長も合致する。思い出した今、そんな条件に合致するやつなど、むしろウィンザレオしかいないのだ。
「おい、理子。お前、今、ウィンザレオと」
「⸺はっ? え? どうしたの、仁吾? ウィンザレオ……? 何、それ? 名前?」
「……はあ?」
俺に肩を掴まれた理子は、きょとんとしている。嘘をついているわけじゃなさそうだ。と、言うか⸺分かる。【アナライザー】の魔力回路を使えば、そんなのは一発だ。
魔力回路⸺そこに魔力を流し込んで、様々な奇跡を具現化させる。それが【魔法】と呼ばれる物の正体だ。
俺は、ついに魔法を思い出していた。
「はー、何か疲れた気がする。あーあ、もう無いのかー、チョコミント」
「ん? ああ」
明らかに様子が戻った理子に、俺は少し拍子抜けしていた。呑気なやつ。ま、そこがいいとこなんだけど。人間がペットに求めるのは、こういうものなんだろう。と、俺は少し人間を理解したような気になれた。
「あれだけ食べたのに、まだ足りなかったのか? やれやれ、じゃあこれ、相談に乗ってもらったお礼だ」
サービスサービス。俺はパチンと指を鳴らした。
「え? え、えええええっ! なんで? 空っぽになったアイスのカップに! チョコミントがどんどん増えてる! 何の手品なのこれ!?」
俺は【アセンブル】と名付けた魔力回路を発動させた。これは光の属性を持つ神にしか扱えない【創造】の魔法だ。あ、いや。人間では東条愛だけが使えたな。救世主の中でもあいつは規格外だった。
「手品じゃない。これが魔法だ」
「すごっ! 魔法、すごっー!」
俺の些細な魔法にも、理子は目をキラキラさせて大喜びだ。
この世界から魔法が失われて二千年。
この反応も当然、か。
これが全ての始まりだった。
魔法を使った。迂闊にも、使ってしまった。
馬鹿馬鹿しい話だ。
チョコミントのせいで、この世界は再び破滅の淵に立たされる羽目になったのだから⸺。
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