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船守国の布告
――化蛇姫さまが常夜の国にお渡りになりました。
船守国にもたらされた報せは、喧騒に包まれていた館の一室を瞬時に沈黙させた。
館の奥にある一段高い壇上に座した男は、報せを携えて戻った部下を無感動な目で見つめている。白い肌に長い黒髪を下げ美豆良でまとめた美丈夫だが、そのキリリと吊り上がった双眸が蛇のそれを思わせる。
なんとも不気味な風貌の男であった。
「ご苦労。下がれ」
壇上に座した男の淡泊な声音が、館内の静寂の中で大きく響き渡る。全身を黒装束に包んだ男は深々と一礼し、主の御前を辞した。
「白蛇王さま」
男が退出するのを見届けると、傍に控えた重臣の一人が口を開いた。
「化蛇姫さまが殺されたとなれば、豊稲国は我らに刃を向けたも同じ。同盟を一方的に破棄された今、手勢を集めて攻め入るが上策かと存じます」
「私も同意見でございます。こちらが下手に出ておれば……照守王め。化蛇姫さまも、さぞご無念でございましたでしょう」
「聞けば、豊稲国の照守王は山主神の娘神を娶る際に、山主神との契約を反故したとも聞く。神との約束事すら守れぬ不義理者に、我が国が尽くす道理はございません」
一人が口を開けば、その声はさざ波のように周囲へと広がっていく。
白蛇王は家臣たちの言葉を黙って聞いていた。そっと目を閉じる。
「ま、雪辱を果たすには十分な機会だと思うぞ」
不意に、口元に笑みを浮かべた男が発言した。
皆の視線が、発言した男に向く。
こちらは長い黒髪を無造作に背に流した、体格のいい男であった。風貌は白蛇王と似通っているところがある。しかし、その顔に浮かべた笑みは、照守王を前に一歩も引かなかった化蛇姫と瓜二つであった。
この場に似つかわしくない着崩した様相の男は、手にした研磨石を使って指先に挟んだ釣り針を磨いている。動物の骨を削って作られた釣り針は、大きさや太さを少しずつ変えている。釣り上げる魚に合わせて、釣り針も使い分けているのだ。
「兄貴、化蛇姫の功労を無駄にすることもないだろう?」
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