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プロローグ
「あなたの好きなものを教えてください」
そう聞かれた時、わたしは迷わずこう答える。
「図書館です」
そうするとだいたいみんな「へぇー」とか「ふーん」とか不思議そうにするし、ひどい人だと「暗そう」とか「真面目なんだね」なんていかにも馬鹿にしたような言い方をする人もいる。
でもね、やっぱり好きなんだ。
ちょっぴりほこり臭いような匂いとか、声を出したら怒られそうな静けさとか、棚にぎっしりと並んだ本の感じとか。
本を読むのももちろん好きだけど、何よりも図書館そのものが好き。
……変わってるよね? ま、別にいいんだ。気にしない。
そんなわたしは毎日のように、いろんな図書館をおとずれる。
図書館に並ぶたくさんの本の中には、まだ読んだことのないいろんなお話がいっぱい詰まっていて。触れるたび、本を開くたびに新しい仲間に出会えるみたいでウキウキしちゃう。
待ちに待った土曜日、わたしは自転車で図書館へ向かった。とはいえ……さて、どこに行こうかしら?
学校の図書室は自分の家みたいで落ち着く感じがするし、市役所の近くにある市立図書館は大きくてとっても立派なの。中にはキレイなカフェまであったりして、いつ行ってもたくさんの人が利用してる。
でも結局わたしは公民館の隣にある町民図書館に決めた。こじんまりとしているけど、いつ行っても空いているのが心地よかった。何よりも家から一番近いしね。
さあて、今日はどの本を読もうかしら。あっ、ほら、今月の新刊だって! うわぁ、前に映画化されたアニメの原作じゃない?
でもせっかくそうして新たな出会いを楽しんでいると、
「ようゆずは、また会ったな」
ほぼ必ずやってくるのが、同じクラスの迷人だ。スポーツ大好きの運動おバカみたいな性格のはずなのに、なぜかいつも図書館にやってくる。
しかもわたしみたいに本を探したり、読んだりする感じでもなくて、ちょっと一冊手に取ってみたかと思えばパラパラめくってすぐ戻しちゃうし、あっちに行ったりこっちに行ったり、ふらふらしてばかり。
いったい何しに図書館に来ているのかしら? 来るのは個人の自由だから勝手だけど、いちいち声を掛けてくるのが面倒なのよねぇ。
「今日はなに読んでるんだ。教えろよ」
必ず聞かれる質問に、答える代わりにべぇと舌を出した。運動おバカの迷人には、どうせ教えたってわからないくせに。
それに読んでる本を教えるのって、自分の心の中を見られるみたいで恥ずかしくなる。相手が男子だとなおさらだ。そういうのが好きなんだ、ふーん。なんてわかったような顔をされるととっても嫌な気分になる。
水を差されたような気分で、決めていた二冊だけ貸出の手続きをすると、わたしは逃げ出すように図書館を後にした。
なのに、
「おーい、待てよー」
後ろから迷人が自転車で追いかけてくる。うわぁ。なんでついて来るの?
「ついてこないで!」
「いいじゃん別に。ゆずは、どうせこのあと市立図書館行くんだろ。オレも行こうと思ってたんだよ」
見透かしたようなセリフにげんなり。どうしてわたしの行動パターンを把握してるのよ。しかもついてくるって、迷惑でしょうがないんだけど。
「そんな顔すんなって……それより新しい図書館見つけたんだけど、興味ない?」
「新しい図書館?」
「気になる?」
ついつい前のめりに食いついたわたしに、迷人はしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべた。失敗した。まんまとのせられた気分。
「新しいっていうか、多分前からあったんだと思うんだ。気づかなかっただけで」
「どこにあるの?」
「もう少し先。そこのビルの前に看板が立ってるんだよ」
少し先の交差点から太い幹線道路に入り、しばらく行った歩道に、初めて目にする看板が立っていた。
〈夢見図書館〉
どうやらビルの三階に、その図書館はあるらしい。一階のお花屋さんや美容室は通る度に見ていたから知っていたけれど、上の階のことなんて今まで気にしたこともなかった。だいいち、こんな看板立っていたかしら。それともやっぱり、新しくできたのかな?
「入ったことあるの?」
「ないよ。なんか一人だと入りにくいだろ。なぁ、市立図書館に行く前にここ、寄ってみないか?」
どうやら迷人はそのためにわたしを追い回していたらしい。初めての場所に一人だと入りにくいという気持ちはよくわかった。余計にこういうビルって、サラリーマンの大人が出入りするイメージが強くて、わたしたち子どもには入りにくいもんね。
「どうする?」
うーん、行きたいけどなぁ。一緒に入るのが迷人じゃなかったらもっといいんだけど。かと言ってわざわざ他の誰かと出直すっていうのも難しいし。背に腹は代えられないってこういうことを言うのね。
「……行く」
意を決して、うなずく。
「だろ? 行こうぜ」
にんまりと浮かんだ笑みに、やっぱりはめられたような気分になる。迷人が相手だと、なんだかやりにくいのよね。
自転車を歩道の端に停めると、わたしたちは一緒に古びたビルの中へと踏み出した。
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