金太郎

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「よし金太郎、オレが一緒に行ってやるから外に出てみようぜ。お前だっていつまでも家にいたいわけじゃないだろ? 少しぐらいお母さんの手伝いできるようになりたいだろ?」  迷人に説得され、ひきこもりの金太郎も家を出る気になったみたい。 「金太郎、こんなこともあろうかと用意しておいたの。よかったら持っていっておくれ」  お母さんがズルズルと引きずるようにして持ってきたのは大きな斧! 金太郎の場合、まさかりって言うんだっけ? 「こ、これは……」 「力持ちのお前には薪を切り出す木こりが似合うと思ってね。山で何か危険な目に遭ったとしてもこの大きなまさかりがあれば安心だろう」 「ありがとうお母さん」  礼を言ったかと思えば、大きなまさかりを金太郎はひょいっと片手で持ち上げた。おおっ、さすがに力持ち。 「じゃあ金太郎とちょっと出かけて来ます。そんな遠くまでは行かないと思うんで」 「ありがとう迷人くん。お弁当用意したから途中で食べてね」  お母さんは竹の葉で包んだおにぎりを三人分渡してくれた。金太郎のお母さん、優しい。  それにしても学校の友達みたいなノリで金太郎を外に連れ出す迷人ってスゴい。この人、学校でもあんまり運動得意じゃない子を外に連れ出したりするのよく見るもんなぁ。面倒見はいいみたいだから、そういう子たちも迷人には素直についていくみたいだし。  ……ってなんだか迷人が良いヤツみたいじゃない? そういう良いところもあるっていうだけで、基本的には運動おバカなんだからね。いつもわたしの邪魔ばっかりするし。 「さぁ、どのへんの木切ればいいんだろ? 薪切り出すだけならそんな遠くに行く必要ないよな?」 「このあたりの木もそろそろ切らなければならないんです。ぼくがずっとサボっていたので、森が荒れちゃって」 「ふぅーん、森が荒れるってどういうこと?」 「木が生えるそのままにしておくと密集して育ちが悪くなってしまうので、大きくなるのに合わせて間引く必要があるんです」  聞いたのはわたしなのに、迷人のほうを向いて答える金太郎。わたしの目は絶対に見ようとしない。ホント嫌なやつ。 「この木も切っちゃっていいのか?」 「そうですね。隣の木がだいぶ育ってきたようなので、こっちは切ってしまったほうが良いかもしれません」  金太郎はまさかりを構えると、一息にスコーン! と振り抜いた。一瞬で根元を抜かれた木が、バキバキっと大きな音を立てながら倒れる。スゴい! だるま落としみたい! 「スゲーな金太郎! 普通ってこっち側半分ぐらい削って、反対側からあと半分切って倒したりするんじゃないのか?」 「ぼくはこのほうが早いので」 「金太郎スゲーよ!」  迷人に褒められて、金太郎は恥ずかしそうに頭をかいた。こんなのも学校でよく見た光景だ。ノセるの上手いのよね、迷人。わたしには通じないけど。 「この調子でこのあたりの余計な木を切ってしまいましょうか」 「薪にはしなくていいのか?」 「切ったばかりの木は水分が多いので、しばらくこのまま置いて乾燥させてからですね。なので今日は倒すだけです」  へぇー、なんだかんだ言って金太郎も詳しいんじゃない。  金太郎は周りの木の育ち具合を見、バランスを見ながら次々と木を切り倒していった。  スコーン! スコーン!  森の中に響くまさかりの小気味良い音。うん、これがわたしたちの知ってる金太郎よね。金太郎はやっぱりニートより働きものじゃないと。 「なぁ、そろそろ弁当にしようぜ」  だいぶ木が減って、来たときよりも視界がスッキリしたような気がしてきた頃、迷人の提案でお弁当にすることにした。お母さんが用意してくれた竹の葉の中にはおにぎりが三つ。それに、 「野菜もありますよ」  と金太郎が取り出したのはきゅうりとにんじん。 「にんじんなんてどうやって食うんだよ」 「そのままかじるんです」  金太郎は皮付きのにんじんを板チョコでも食べるみたいにバキッとかじった。うわー、ダイナミック! 「スゲーな! にんじんそのまま食うのなんて初めて見たぜ!」 「煮たほうが美味しいですけどね。弁当の時は仕方ありません」  迷人と金太郎は顔を見合わせて笑った。なんかわたしだけ仲間に入れてもらえないみたいでしゃくだなぁ。男の子だけの世界って感じ。  するとその時――  ガサっ!  という茂みの揺れる音に、わたしと金太郎はビクリと飛び上がった。今のなに? 「動物かな?」  迷人の顔が曇り、金太郎は泣きそうな顔でまさかりに手を伸ばす。  ガサガサッ! 「ひぃっ!」  再びの物音に思わず声が出る。前の時と一緒だ!  まさかまた、あの巨大熊が……かと思いきや、茂みからぴょこんと飛び出した動物に胸を撫で下ろす。長い耳に黒ぐろとした丸い瞳。 「なんだ、うさぎか」  うさぎはわたしたちに怯える様子も見せず、むしろ興味深そうにこちらを見ている。一人ブルブル震えているのは金太郎だけ。 「なんだよ金太郎。うさぎも怖いのか?」  金太郎は返事もできず、ガタガタと歯が鳴るほど震えている。”本の虫”のイタズラとはいえ、この金太郎ったら本当に臆病なのね。 「怖いわけないだろ。見てみろよ。ほら、うさぎ。こっち来てみろ」  迷人はかじったにんじんの小さなかけらを手のひらにのせると、うさぎに向けて差し出した。うさぎも不思議そうに目をぱちくりさせたけど、しばらく様子を見たあと、おずおずと近づいてにんじんを口にした。 「あっ、食べた」  つい、かわいい! ってはしゃいじゃった。小動物が何かを食べてるところって、見てるだけでキュンキュンしちゃう。 「おおよしよし、もっと食え」  続けてもう一つ、さらにもう一つと差し出されたにんじんのかけらをうさぎがパクパクと食べている隙に、迷人はひょいっとうさぎを抱き上げて自分の膝の上にのせちゃった。  うさぎは警戒が解けたのか食べるのに夢中なのか、全然逃げようとしない。迷人すごーい。 「金太郎、お前もにんじんあげてみろよ。怖くなんかないからさ」  迷人に促されて、金太郎も恐る恐る震える手でにんじんを差し出した。うさぎは迷う様子も見せず、即座にパクリと食いつく。 「触ったって噛みつきやしないさ。撫でてみろよ」  手を伸ばしたかと思えば、指先にうさぎの毛が触れた瞬間、ビクッと手を引っ込める金太郎。なんだか小さな子供みたい。そんなことを何度か繰り返しているうち、なんとかうさぎの背中を撫でられるようになった。うさぎはもう餌もないのに、逃げようともしない。それどころか目を閉じて、なんだか気持ちよさそうにしてる。 「ほら、動物なんて怖くないだろ?」 「……そ、そうだね」  やっと金太郎の顔にも笑みが浮かんだ。半分ひきつってるけどね。迷人、なかなかやるじゃない。  ガサガサガサガサっ。 「ひっ!」  再び茂みが揺れる音に、わたしは縮み上がった。  けど……今度顔を出したのは、目の周りに黒いふちがあるたぬき! それだけじゃなくて、りすにきつねにイタチにサルと色んな種類の動物たちが次々と茂みから出てきたの!  いつの間にかわたしたちは、たくさんの動物たちに囲まれていた。 「こ、これはいったい……」  女の子みたいに震えながら、迷人にすり寄る金太郎。それを見て迷人の膝の上の野うさぎがピョンと地面に飛び降りた。これってもしかして、”本の虫”のいたずら? と疑ったけど、どの動物も怒っているようにも見えない。  わたしたちに向けられたたくさんのつぶらな瞳。嬉しそうにフリフリ揺らした尻尾。  これってもしかして……、 「ねえ、もしかしてみんな、お友達になりたくて集まって来たんじゃない?」  ほら、足元の野うさぎも「そうだよ」って言ってるみたい。 「金太郎、そういうことだよ。みんなお前が家から出てくるの待ってたんだよ。いい加減ビビッてないでお前からもお願いしてみろよ」 「え……友達……?」  まるでわたしたちの言葉を肯定するように、周りの動物たちもうなずいているように見える。みんなの黒々と輝く瞳が見ているのは、間違いなく金太郎だ。  そっか。”本の虫”におかしなイタズラをされて困っていたのは金太郎本人よりもむしろ、周りの動物たちもだったんだ。『金太郎』の物語の中の金太郎は、動物たちと仲良く毎日一緒に遊ぶ友達だもの。 「ええと……あの……みんなぼくと友達になってくれるのでしょうか?」  金太郎が言った途端、動物たちがいっせいに金太郎の足元に集まってきた。クンクン匂いを嗅いだり、金太郎の体をなめたり、なんだかみんな喜んでいるみたい。 「金太郎、これだけ友達がいたら怖くなんかないだろ?」 「そ、そうですね」  迷人の言葉に、金太郎はぎこちない笑顔を浮かべる。良かった。これで動物たちとも友達になれたね。これでこそわたしたちが知ってる『金太郎』だ。
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