金太郎

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「まだ日が沈むまでだいぶ時間がありそうだし、お母さんへのお土産に、木の実でも拾いに行きましょうか」  金太郎の提案に、全員が賛成した。森の動物たちにとっても木の実は大好物。金太郎が手伝ってくれるなら、反対するはずなんてないもんね。それよりも金太郎の口からそんな前向きな発言が出たことに驚き。ちょっとずつ本来の金太郎の姿に近づいてるみたい。 「金太郎、場所わかるのか?」 「ええ、多分こっちのほうだと思います」  そう言って率先して歩き出す。これって一度も行ったことのない鬼ヶ島に迷うことなく向かっていった桃太郎とまったく一緒。きっと金太郎本人は気づいてないのかもしれないけど、物語の主人公としての行動がすり込まれてるのかな?  わたしたちは金太郎について、ぞろぞろと山の奥へと向かっていった。動物たちも一緒にぞろぞろ。金太郎じゃなくても、これだけの数がいれば安心よね。 「なぁゆずは、もしかしていい感じに進んでるじゃないか?」 「うん。金太郎の物語通りに進み始めた感じ」  わたしと迷人は顔を見合わせて笑った。確か『金太郎』のお話だと、動物たちを連れて木の実を拾いに出かける途中で、川に阻まれちゃうのよね。気は優しくて力持ちな金太郎は、近くにあった大木を切り倒して橋の代わりにするんだっけ? 「おっ、ほら。森を抜けたぞ」  立ち並ぶ木の数が減り、視界の奥に青空が見えるようになってきた。きっとあそこが川に違いない。そう思い弾むような足取りで向かったのは束の間―― 「か、川……」 「っていうかこれって……」 「……崖、だよな」  絶句して立ち尽くすわたしたち。  川は川でも、水が流れているのははるか下。高層ビルの屋上から見下ろしたぐらい低いところに、川らしきものが見える。つまりわたしたちの目の前に立ちはだかったのは、川どころか崖。下を覗いただけで目まいを起こしそう。 「金太郎、この道で間違いないのか?」 「う、うん……。この川を渡れば、あっち側に木の実がなる木がたくさんあるはずなのですが」  川じゃなくて、深すぎる崖だってば。渡ろうなんて考えられるスケールじゃないでしょ。落ちたら間違いなく死ぬし。  どこか別の道を……と探そうとするものの、そんなに都合よく見つかるはずもない。だいいち、金太郎も動物たちもこの場所を渡るものだって決めつけて動く気もないみたいだし。  これもきっと”本の虫”のイタズラなんだろう。 「なぁゆずは、これって向こうに渡らなくちゃいけないやつだよな?」 「多分。大きな木を橋の代わりにするんだけど……」  辺りを見渡して、がっかり。絵本で見たようなおあつらえ向きの大きな木なんて全然見当たらない。このあたりにある木を切ったところで崖を渡るには長さが足りないし、大工さんでも呼んで加工してもらわない限り橋になんてなりそうにもない。 「金太郎、このへんに大きな木なんてないか? 向こう側に渡れるぐらいの長いやつ」 「うーん、昔このあたりに生えていた気がするんですけど。無くなってしまったんですかねぇ? それとも気のせいかな? すみません、ぼく、ずっと家にこもりっきりだったので」  あちゃあ、この不自然さは予想通り、絶対”本の虫”にイタズラされたパターンだ。川を崖に変えたついでに、このあたりに生えていたはずの大木を、”本の虫”がどこかにやっちゃったんだ。 「お前力あるから橋なんか作れない?」 「やってみましょうか」  ポジティブな反応にびっくり。あら、金太郎。やっぱり生まれ変わったみたい。 「しばらく時間はかかると思いますが」 「どのぐらいかかる?」 「うーん、ひと月ぐらいですかねぇ」  えぇー! じゃあその間わたしたちも橋ができ上がるまで待たなくちゃならないってこと? 冗談じゃないわ! 何か他に方法はないかしら?  ……と考えたところで、思い浮かぶのはひとつしかない。わたしはリュックの中から金ぴかの打ち出の小づちを取り出した。 「ゆずは、もしかしてそれ使うのか?」 「いいよね? 橋がないことには進まないんだし」 「その手があったか! 頭いいじゃんゆずは! さっさとやろうぜ!」  手放しで喜ぶ迷人。……えーと、考えてもいなかったってこと? わたしはずっと「物語の中で一度しか使えない」という打ち出の小づちの使いどころを考えていたのに。まったく、やっぱり運動おバカだわ。 「えいっ!」  わたしは何もない空中に向けて、金ぴかの打ち出の小づちを打ちおろした。  ポンっ!  途端に天まで届こうかという大きな木が現れた。 「すごいっ! 木が出てきた!」  金太郎も動物たちも目を丸くして驚いている。そりゃあそうよね。 「よし、金太郎! あっちの崖に向けてこの木を切り倒してくれよ。橋にしようぜ」 「なるほど! 素晴らしい考えですね」  とはいえこの木、わたしたちの身長よりも太いけど大丈夫かしら? 「離れていてくださいね。行きますよー」  金太郎はまさかりを構えると、一息にスコーン! と振り抜いた。まさかりの刃よりも何倍も大きな大木の幹に、金太郎がまさかりを打ち付けた衝撃でピリピリと亀裂が走る。 「倒れるぞー」 「おおぉぉーーーー!」  動物たちも逃げまどう中、メキメキと音を立ててゆっくりと大木は倒れていった。金太郎すごい、あんなに太い木なのに一撃で倒しちゃった! どれだけ力持ちなのよ! 「よし、じゃあ向こう岸に渡るぞ! 木の実までもう少しだ!」  迷人が率先して走り出し、その後を動物たちと金太郎が追う。こらこら。誰が主人公だかわからないじゃない。これじゃ『金太郎』じゃなくて『迷太郎』になっちゃうわ。ちょっとは自重しなさいよ。 「着きました! ここです!」 「スゲー! こんなにたくさんあるのか!」  わたしも慌てて後を追うと、すでに金太郎や動物たちは思い思いに木の実を集め始めていた。  木の実っていうからどんぐりみたいなものかと思ったら、栗やクルミの他、あけびや山ぶどう、木いちごみたいな果物まで。見上げた枝には色とりどりの木の実がびっしりと成っていた。  まるで宝石箱みたい! 確かにこれはとっておきの場所だわ! 「この木いちご、甘いわ!」 「ぶどうも美味いぜ。スーパーで売ってるやつより美味い!」 「わたしあけびなんて食べるの初めて! 上品な甘さ!」  一緒になって木の実を食べる。わけもわからず”本の虫”を追いかけることになってから大変なことばかりだったけど、こんなご褒美があるなんて。絵本の中の世界も捨てたもんじゃないわ。 「こうして橋がかかったからには、次からは来たい時にいつでも来れますからね。きみたちも、お腹が空いたときにはいつでも来ていいですよ。この場所はぼくのものというわけではありませんから。好きに使って下さい」  金太郎の言葉に、動物たちも喜んでいるのがわかる。  うんうん、こうして動物たちと木の実拾いを楽しんで――『金太郎』の話って、あと何をしなくちゃいけなかったんだっけ? そもそもわたしたちは”本の虫”を捕まえなくちゃいけないのに、いったいどこにいるのか手がかりすらつかめてない。  『桃太郎』の時には鬼ヶ島の財宝の中に隠れていたけど、『金太郎』だとどこに隠れているのかしら?  ガサッ。  茂みが揺れる音がする。  あれ? あっちのほうにも木の実があるのかしら?  ガサガサッ。  あんなに茂みが揺れて、いったい誰があんなところに――。  続いて茂みの中からヌッと現れた影に、わたしは言葉を失った。  あ、あれはもしかして――。
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