金太郎

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「がおおおぉぉぉぉーーっ!」  茂みの中から現れた巨大な影は、わたしたちが一番最初に出会ったあの巨大な熊だった。す、すっかり忘れてたー! 「で、出たぁっ!」  迷人が叫び、動物たちが一斉に逃げまどう。 「がおおおぉぉぉぉーーっ!」  熊はギラギラ光る爪を高々とかかげて、大きく開いた口の牙をむき出しにして近づいてきた。 「ば、バケモノーーーーっ!」  一番パニック状態なのは金太郎。まさかりを放り出したまま、迷人の後ろに隠れてブルブル震えている。 「で、出ましたっ! こ、こいつですっ! 僕は子どもの頃に、この熊に追いかけられて……」  ええっ⁉ 金太郎が怖がってたバケモノも、この熊のことだったの? 「だ、だからぼくは家から出たくなかったんです。ああ、やっぱり来るんじゃなかった! 神様仏様! 命だけはお救いを!」 「おい、金太郎! しっかりしろ! お前はこのクマと相撲をとって勝たないとダメなんだぞ!」 「あ、あんなバケモノと相撲? か、かんべんしてください。殺されてしまいます!」  怖がるのも無理はない。わたしだって絶対嫌だもん。絵本に出てくる可愛い熊ちゃんならともかく、ホラー映画から出てきたみたいなこんな巨大で凶悪そうな熊と相撲なんて考えたくもない。  でも『金太郎』の物語的にはここで熊との相撲に勝ってもらわないと困っちゃうのよね。 「がおおおぉぉぉぉーーっ!」  巨大熊が腹の底に響くような雄たけびをあげて威嚇するたびに、金太郎も動物たちも震え上がる。 「がおおおぉぉぉぉーーっ!」 「うわぁぁぁぁぁっ! もうダメだあぁぁぁぁっ!」 「がおおおぉぉぉぉーーっ!」 「た、助けてくれえぇぇっ!」  雄たけびをあげる熊。  泣き叫ぶ金太郎。  ――って、あれ?  そんなやり取りを見ているうちに、わたし気づいちゃった。  この巨大熊、全然襲って来なくない?  木の陰に隠れたまま、恐る恐る様子をうかがってみる。ノコギリみたいにとがった牙、鋭く光る爪、燃えるような眼光。何度見ても、恐怖でしかない。  でも気になったのはお尻についた小さな丸い尻尾。よく見ると……振ってない? フリフリしてない? 楽しんでない?  もしかして見た目こそ凶悪そのものだけど、中身は絵本の中のクマさんそのままなんじゃ……。 「迷人、多分そのクマさん、攻撃したりはしないわ!」 「なんだって?」  いつまで経っても二本足で立って両手を挙げた姿のままで、襲い掛かってくる様子はないみたい。立ち姿だけ見れば、これはむしろ……。 「相撲とろうって誘ってるのよ! 絶対そうだわ!」 「だってよ金太郎! あのクマ、お前と相撲とりたいって! いっちょうやってみろよ!」 「む、無理です! 無理に決まってます! 殺されてしまいます!」  迷人が説得しようと試みるも、こればっかりは言うことを聞くはずもない。ほんのちょっと前までニートだったしね。急にそこまで変われるはずもないか。でもどうしよう? 打ち出の小づちさえ使えれば手段もありそうだけど、さっき大木を出すのに使っちゃったし。 「いったん逃げて作戦を練りなおそうか」 「金太郎があの熊と相撲をとれるようになるまでトレーニングでもさせる気か? それこそ何年かかるかわからないぜ」 「そんなこと言ったって……迷人、何かいい考えでもあるの?」  考え込んだ迷人は、ふと腰にぶら下げていた巾着を手に取った。中から取り出したのはきびだんご! ……ってまだ残ってたの? 「よしわかった! もういい! この際オレがあのクマを退治してやるよ!」  きびだんごを口に放り込んで、鼻息を荒く手を叩いて気合いを入れる迷人。  迷人が熊と相撲をとるの⁉ そんなのアリ⁉ それじゃあいよいよ『金太郎』じゃなくて『迷太郎』になっちゃうじゃない! 「来いこのクマ野郎っ! オレが相手してやるっ!」 「ま、迷人さんっ! 危ないですよっ!」  金太郎が止めるものの、すでに興奮状態の迷人は聞く耳持たず。心得たとばかりに、のしのしと迷人に近づく巨大熊。 「行くぞっ! はっけよーい……のこったぁっ!」  迷人自身の合図で、相撲が始まった。きびだんごパワーで一気に突進する迷人に、地面までグラグラと揺れる。  さすが百人力のきびだんご、すごい力だわ! この勢いならあんな巨大熊なんて……と思いきや、  ガシッ!  クマさんは正面から迷人を受け止めて、びくともしない。まるで地面に根っこでも生えてるみたい! 「こぉのクマ野郎っ!」  迷人がこんしんの力で押し込む。次の瞬間―― 「がおおおぉぉぉぉーーっ!」  雄たけびとともに巨大熊の両手が迷人を持ち上げ、軽々と投げ捨てちゃった。  ゴロゴロと土煙をあげて地面に転がる迷人。嘘? 迷人、負けちゃったの? きびだんご食べたのに? 信じられない! ……ってことはこのクマさん、鬼ヶ島の親分鬼より強いってこと? 「迷人!」 「迷人さん!」  慌てて駆け付けるわたしと金太郎をしり目に、 「がおおおぉぉぉぉーーっ!」  再び雄たけびをあげる巨大熊。勝ち誇ったように……というより、間違いなく勝ち誇ってる。小さな尻尾もフリフリ。迷人に相撲で勝って喜んでるなんて、なんだか単純そうな熊だわ。迷人に似てるかも。 「おーいたたたた。あいつとんでもない力だな」 「大丈夫なの? 怪我はない?」  心配でのぞき込むけど、特に血が出たり、たんこぶができた様子もないみたい。良かったわ、迷人が頑丈で。 「全然平気。やっぱりあいつ、相撲とりたいだけなんだよ。手加減してくれたんじゃないか。でもやっぱりオレじゃ無理だな。もう一回やったとしてもあのクマには勝てそうにないわ」  じろっと迷人に見られて、金太郎は一歩あとずさり。 「金太郎、やっぱりお前がやらなくちゃダメなんだよ。見てただろ? きっとお前の馬鹿力ならあのクマにも勝てるはずだぜ」 「ぼ、ぼくがですか?」 「お前がやらないんだったら、あとはもうゆずはにお願いするしかなくなっちゃうだろ」 「わ、わたし?」  いきなり名指しされて、びっくり!  クマと相撲なんてやめてよ! 迷人でも勝てないのに、わたしにできるはずないじゃない!  ……喉元まで出かかった時、迷人がわたしに向けてパチリとウインクした。え? どういう意味? 「ゆずは頼む! 金太郎の代わりにクマを退治してくれ!」 「ちょ……」  なんなのよ、いったい! 戸惑うわたしに、迷人はもう一度ウインクする。だからそれ、どういう意味なの? 「な? この通り。やるって言ってくれ。わたしが相撲とるってひと言言ってくれりゃあいいんだ」 「……わかりました」  突然隣で神妙な声をあげたのは金太郎だった。 「ぼくがやります」  はい?  なんだか表情まで変わっちゃって、初めて見る緊張した顔つきをしている。急に男の子っぽくなったような。 「さぁ、クマ! かかってこい! 次はこの金太郎が相手だっ!」  巨大熊と同じように、両手を広げて名乗りをあげる金太郎。 「がおおおぉぉぉぉーーっ!」  と巨大熊も応じ、金太郎のほうへ進み出る。おおお、なんでこうなったかさっぱりわからないけど、金太郎も熊もやる気まんまんな感じ。 「よし、オレの合図で始めるぞっ! はっけよーい……のこったぁっ!」  迷人の合図で勢いよくぶつかり合う金太郎と巨大熊。あまりの衝撃に見ているこっちが吹き飛ばされそう!  けどいくら金太郎と言っても、きびだんごの力を使っても勝てないぐらい”本の虫”に巨大化された巨大熊だもん、きっと金太郎も迷人と同じように放り投げられちゃうと思ったら――。  ころり。  あっけなく地面に転がったのは、巨大熊のほうだった。
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