プロローグ

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   ※     ※     ※    ちょっとカビ臭い感じがする古いエレベーターを三階で降りると、小さなホールになっていた。目の前には〈夢見図書館〉と金属のレリーフがついた木製の大きな自動ドア。  中が見えないパターンか。ちょっと怖いな。  図書館とは書いてあっても、中身はわたしたちが想像してるものとは全然違う会社かもしれないもんね。「なにしに来たの?」なんて知らないおじさんに怒られたりしたら嫌だし。せめてガラス戸か何かで中がのぞければいいんだけど――なんて様子をうかがっていたら、ヴーンと低い音をたてて、自動ドアが開いてしまった。  ドアの前には、迷人。  えー、ちょっともしかして、何も考えずに普通に入ろうとしたわけ!? 「ちょっと迷人、何してるの?」 「ゆずはこそ何キョロキョロしてんだよ。怪しいぞ」  怪しいという言葉が胸にグサッと突き刺さる。……た、確かに挙動不審な動きしてたかも。でも、普通初めて入る場所なんて緊張するじゃない! これだから運動おバカは無神経で困る。  でもそんな不安も、中の様子を目にした途端、すうっと煙が晴れるように消え去ってしまった。 「うわぁ」  ドアの向こうには予想外に素敵な図書館が広がっていて、わたしはつい声を漏らした。教室三つ分ぐらいの広いスペースに、わたしと同じぐらいの背の高さの本棚がビッシリと並んでいる。床は足音が鳴らないカーペット敷きで、ところどころに座り心地の良さそうな一人掛けソファーが設置されていた。壁や床にもほこりっぽさや汚れ染みみたいなものは見当たらなくて、とっても清潔な雰囲気。市立図書館よりもきれいかも。 「意外と立派じゃん」  大声でデリカシーに欠ける発言する迷人をじろっと横目でにらみつける。やっぱり連れて来なきゃ良かった。 「お気に召していただけたかしら?」  正面にあった受付のきれいなお姉さんに声を掛けられて、飛び上がるほど驚く。  ほら、聞こえちゃったじゃない! 意外と、なんて失礼極まりない。  それにしてもお姉さんの恰好! タイトなスカートとベストをキリッと着こなしていて、なんだか高級ホテルに来たみたい。わたしがよく行く図書館の職員さんとはだいぶ雰囲気が違う。 「すみません。初めて入ったので。こんなに素敵な図書館が近くにあるなんて知りませんでした」  わたしが頭を下げると、お姉さんはにっこりと上品に笑った。良かった。気を悪くしたわけじゃなさそう。 「なかなか知ってもらえないのよね。民間施設だから仕方ないわ」  民間っていうことは、他の図書館みたいに市や町の施設じゃないってこと? 「そう。本が好きな人たちが、善意で運営している施設なの。公立の図書館とは違って、いらなくなった本や売れずに処分されるはずの本を集めて作られた図書館なのよ」 「へぇー」  そんな図書館があることを初めて知った。じゃあここにある本は全部、本来なら捨てられてしまうはずだったってことなんだ。それがこんな風に集められて、図書館になるなんてとっても素敵。  わたしの部屋の本棚ももういっぱいで、どれを処分するべきか迷っているところだったから余計に感心する。楽しい思い出が詰まった本を手放すのって、とっても悲しいから。自分の大切な友達と別れなくちゃならないみたいな気分になる。  でも図書館に寄付するのなら他の人の役にも立つし、もしまた読みたくなったら自分で借りに来ることだってできる。そんな風に自分の本を使ってもらえるのなら、わたしも寄付したいと思った。 「もちろん。寄付して下さるのであれば、大歓迎よ。ただし、あなたたちみたいな未成年者の場合にはご両親の承諾が必要になるけど」 「大丈夫です。じゃあ今度持ってきます!」 「よろしく。その時にはわたしに言ってね」  お姉さんはさっと小さな紙を取り出した。 〈夢見図書館 館長 夢見春姫(はるき)〉  わっ! お姉さん、館長さんだったんだ! 大人の人から名刺なんてもらうの初めて! 「わ、わたしは西野ゆずはって言います! こっちは桜木迷人。ね、ねえ……迷人の家は、いらなくなった本とかないの?」 「オレんち……? そうだなぁ、サッカーマガジンとかポロポロコミックスなら毎週買ってるけど、そういうんじゃダメだよな?」  そんなのダメに決まってるじゃない。スポーツ雑誌はまだしも漫画なんて。そもそもなんでそんな本しか読まない人がわざわざ図書館に来てるんだか。 「あと、死んだじいちゃんの本ならあったな。すげー古い本。戦争の前に書かれたとかそんなやつ」 「あら、いいじゃない。新しい本も素敵だけど、そういう今は売っていないような本が読めるのも図書館の魅力だもの」 「そ、そうかな?」  春姫さんにほめられて、迷人は顔を赤くして照れた。美人に弱いんだから。単純。ばーか。 「ただ、古い本にはあまりにもたくさんの人の想いが集まり過ぎているから、時々不思議なことが起こったりもするけど」 「不思議なこと?」  聞き返すわたしたちに、春姫さんは優しく微笑む。 「そう。ここにある本の多くは、誰かが大事に読んできた本でしょう? 買ってくれた人のことや読んだ時の想い出、読み終わった時に感じた想いが、沢山しみ込んでいるの。そういう強すぎる想いが時々、あふれ出してしまうことがあるのね」  あれ?  妙な感じがして、わたしは自分の目を擦った。なんだか今、ちょっと春姫さんの姿がダブって見えたような……。おとぎ話に出てくるお姫様みたいなふわふわした着物姿に見えた気がしたんだけど……気のせいかしら?
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